小さいこと
厚生労働省の「国民健康・栄養調査」によると、2019年時点での30代男性の平均身長は171.5cmで、その標準偏差は5.5cmであるらしい。
私の身長は164cmである。かなり小さい方だ。学力偏差値のように平均を50とすると、私の身長の偏差値は40を下回る、と聞くとその小ささがよくわかるだろう。
昔は身長の低さが大きなコンプレックスだったが、今となってはあまり気にしないようにしている。高身長の方に会うとついつい羨ましく思ってしまうが、きっとそれはそれで苦労が多いのだろう、と勝手に想像し、自分を宥めるようにしている。
標準よりも著しく低い身長の私が苦労するのはやはり服選びだ。小さいサイズのものであっても、どうしてもあちこちが「長い」と感じてしまうものが多い。日本のブランドであってもそうなのだから、海外のブランドだと尚更だ。限られた着られるものの中から服を選ばざるを得ない。「もっと身長があったらなぁ」と指を咥えて眺めるだけの星の数ほどの服が私の前を通り過ぎていった。
その点香水にはそういった意味合いでのサイズはない。どんな香水であっても、誰しもがとりあえずは物理的に身に纏うことができる。素晴らしい。
香水におけるサイズというのは、当然のことながら内容量を指す。昔は50mLと100mLあたりが主流だったが、ブランド数が増えたことに伴ってか、30mLや70mLなど、中途半端な数字が増えたように思う。
もちろん原価や販売価格には大きな影響があるものの、服のサイズに比べるとそれはクリティカルな要素ではない。香りがドンピシャに気に入っても、“サイズが合わない”から身に纏えない、ということは本来はない。
ただし、日本では香水において“サイズが合わない”から手を出せない、ということが、予算の問題以外でも起こっている。
それは、「大きいサイズだと使い切れないかもしれない」という恐怖心によるものだ。
香水をたくさん持っている人にはそもそも「使い切る」という発想はないかもしれないが、香水をほとんど使ったことがない人の懸念点はそういったところにある。店頭に立って接客をしていると、「まだ使いかけの香水があるから買えない」や、「以前香水を買ったことがあるが結局使い切らなかったからまた余らせてしまうのが心配」という声をよく耳にする。至極当たり前の考え方だが、複数本のボトルを所有している人からすると、あるいは新鮮な思想に感じるのではないだろうか。
çanomaを立ち上げる際、ボトルの内容量をどうするかについては迷いに迷った。迷った結果、30mLと100mLの2サイズ展開にした。フランス人が1年間に使用する香水の量が100mLだと言われている中、日本人にとってはその半分の50mLでも多いはず。ただし、“お試しサイズ”を買っている感覚を持たせたくはなかった。“フルボトル感”がありかつ適切なサイズということで、30mLをメインの内容量にしたのだ。100mLはリピート用のイメージだった。
ここ最近、店頭等で「çanomaの香水を使い切った」という話をよく耳にするようになった。正直、価格設定が難しいサイズだが、それでも30mLを出してよかった、と思った。
きっと30mLのボトルをしっかり選んで購入し、それを使い切った人は、次もçanomaに限らずどこかで香水を買うことになるだろう。「香水を使い切る」というある種の成功体験が、次の購買に繋がり、結果的に香水を使うことが日常になっていくのだ。
「誰もが香水を使う世の中を目指して！」というような大風呂敷を広げるつもりはない。ただ私は、「使い切れるフルボトル」というのが香水において一番適切なサイズだと考えたのだ。その仮説がブランド5年目にして実証されつつある、ということだ。ブランドローンチ当初、「なぜ30mLを出したの？」という問いに対し、事あるごとに「フルボトルを使い切る経験をして欲しいから」と回答していたことを覚えてくれている人、どこかにいるだろうか。いないかな。
「もし背が高かったら」という想像をすることがある。もっと運動でパフォーマンスを出して、もっとモテたかもしれない。それはどんな人生なのか、とても興味がある。
ただきっと、背の低い現実の私が好きなものに対してはさして興味を抱かなかっただろうし、頑張ることも疎かになったかもしれない。もちろん、実際にどうなったかは知る由もないことだが。
小さい私は、30mLという小さな香水瓶と共に、「çanomaの香水、使い切りました！」というお客さんの声に小さく喜びながら、これからも小さく前に進んでいく所存でございます。
小さい私、小さいçanoma、ばんざーい！
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