🍥ジャンボン・ペルシエ🍥
トンネルを抜けるとそこは雪国であるように、ハムを作ったその肉肌の先には必ず浮かぶメニューだ。
ジャンボン・ペルシエとは、復活祭に食べられるフランスはブルゴーニュ地方発祥の郷土料理である。手塩にかけた可愛いハムが輝ける場所を探しているときに出逢った料理だ。
東北で生まれ、ずんだ餅や納豆で育った私としては、イースターにジャンボンペルシエをどうぞボナぺティってシルブプレ、などと急に青い目で迫られたものだから、「知らない人にはついていくな──と親から言われていまして」などと弁解をしながら後退る他なかった。
しかし、戦う前から敵を大きくしてしまうのは私の悪癖だ。呼吸を整え落ち着いて考えれば、何ということはない。ジャンボンペルシエを日本語に意訳すると、
燻製煮豚香草煮凝
である。縁日の屋台で売ってそうな距離までグッと縮まってくる。素手で千切っては口に放り込んで冷酒で流し込んでも、誰にも咎められない地元感が──そこにはあった。
それにしても、漢字で表現した──燻製煮豚香草煮凝の文字面の強さたるや、目を瞠るものがある。
北大路魯山人来場
に比肩する帝王感が漂う威容だ。蛇足だが、少年漫画の必殺技にもジャンボンペルシエは数多あって、
邪王炎殺黒龍波
超級覇王電影弾
北斗有情断迅拳
など、枚挙に暇がない。
ちなみに、北斗有情断迅拳とは、相手に苦痛を与えずにむしろ天国を与えながら爆死に至らしめる人道的だがきわめて反社会的な──二律背反の見本のような北斗神拳の業である。
さて──なにが「さて」なのかはよくわからないが、今のところ軌道修正の手立てが「さて」しかないことを察していただきたい。
さて、実際のところは魯山人でも必殺技でもなく、フランス語でジャンボンとはハム、ペルシエとは香草──パセリのことを指す。詰まるところ、Jambon persilléという料理である。
私がこれから作るものは、フレンチの巨匠・三國清三シェフのレシピを、私独自の視点で、懇切丁寧に、全身全霊をかけ、不撓不屈の精神を以て、丸パクリしたものだ。したがって、三國シェフのYouTubeを観たほうがよほどタメになるとは思うが、せっかくだから我が物顔で書いていこう。
【準備】
・ハムは四角にカットする
・玉ねぎ、にんにく、パセリはみじん切りにする
・ゼラチンは水またはぬるま湯20ccで戻しておく
型が足りなかったので、インコの雛に与える挿し餌用に買った容器を使ったことは──妻に知られてはいけない墓場案件だ。
バット等に湯を張り、型を少し浸して軽く溶かしたら、型に沿ってナイフを入れるとキレイに外すことが出来る。
ぷっくりとしたゼリーをフォークで崩してカリッと焼いたバゲットに乗せ、ディジョンマスタードをたっぷりと塗りつけて食べる。目を瞑って味わうと、復活祭の光景が瞼に浮かぶとともに、額に薄らと「Bourgogne」の文字がメコモコと浮き上がるのを感じる。私はあわてて伊達政宗がずんだ餅を頬張る姿を想像し、すんでのところで額の文字がブルゴーニュから「独眼竜」へ戻ったのだった。
それはさて置いて、ハムの味が染みわたった素朴なうまさがパセリの鮮烈さを纏い、その食べ合わせの素晴らしさは、パセリだけに香を草したという他ない。
日本では「付け合わせの付け合わせ」のような不遇な印象のあるパセリだが、ともすれば主役のハムをも喰う勢いで輝いている様子に、私は大いに溜飲を下げたのだった。
ジャンボン・ペルシエを堪能し後始末をしていると、突如として足に衝撃が走った。小指をテーブルの脚へしたたかに打ったのだ。あまりの痛みにのたうち回って喉からは「んゑりほって」といった言語外の声が漏れ、走馬灯じみた想念がぐるぐると頭をよぎる。
ひたひたと──近づく死の跫を聞きながら、私は思い出した。
パセリの花言葉が「死の前兆」だということを。
嗚呼──このまま逝くのなら、せめて北斗有情断迅拳で天国にしてくれ。
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