見出し画像

🍥ハラペ漬けサーモン丼🍥



夏とともに颯爽とあらわれて、我が家を賑わせてくれる陽気なメキシカン唐辛子チレハラペーニョだ。

出会いは数年前。たまさかお裾分けにいただいたハラペーニョだったが、私は内心、「ただの太った青唐辛子だろ」などと高を括っていた。そして、いい加減に放り込んだひと口、その鮮烈な味わいにガクブルと膝から崩れ落ち、リングに這いつくばってピクリともせずに10カウントを聴いた。その後は、グリーンタバスコやピクルス、にんにく醤油漬けに南蛮味噌、燻製後に乾燥させチポトレにしたりと、心ゆくまでその緑の果実を楽しみ、我が家にはなくてはならない夏の楽しみとなったのである。

それからというもの、私のハラペ愛は深まっていくばかりで、初夏になると八百屋のピーマンをそれと勘違いしてぬか喜びしたり、自生するはずもない近所の雑木林にその幻をみて立ち入り、藪蚊の餌食になって怪奇カイカイ掻痒男に成り果てたりと、ふと気づけば、ハラペーニョ恋しさのあまり、限りなく病にちかい状態にあった。

なかなかスーパーや一般的な青果店ではお目にかかれない唐辛子だ。恋焦がれた状態で、並ぶかどうかすら判らない店頭にその姿を探し続けるのは、乙女にのみ許された思慕精神メンタリティだ。中年男性の採る方法としては相応しくない。

というわけで、今年は苗を取り寄せ、ハラペーニョ栽培を始めたのである。 

ハラペ愛がいくら深かろうが、燻煙にまみれた私のような業深き俗物に、栽培なんてはたして可能なのだろうか──などといった、へっぴり腰の発体験だったが、まめな水やりと時おりの追肥をかかさず、耳元で愛を囁き続けたら、やがてちいさな白い花を咲かせ、メコモコむっちりと結実していった。

獲れたてのぷっくりとした実に、私は思わずEncantadoはじめまして!!と呟いたが、待てど暮らせどハラペーニョからの返答はなかった。舌打ちしつつ、あまりの可愛さに、これはきっと目に入れても痛くなかろう、などと「ことわざを体現」したい衝動に駆られるが、これは唐辛子だ。カプサイシンが眼球を襲って床をのたうち回る未来しか見えないし、唐辛子を眼に押し付けてムームーと悶絶する父親の姿は、娘の情操教育に悪影響を及ぼしかねない。娘が嫁に行くまで我慢しておこう。

青唐眼球ハラペアイはさて置き、この可愛いハラペーニョをどう料理してやろうかと冷蔵庫を漁ると、脂の乗ったアトランティックサーモンの刺身を発見した。随分とおあつらえ向きじゃないか。このサーモンとハラペーニョを使って漬け丼にしよう。出来るだけロマンティックに。ドメスティックに。そして、アトランティックに。

まず、ハラペーニョとにんにくをみじん切りにする。
唐辛子の調理には手袋が必須だが、唐辛子カプサイシンを愛し、唐辛子に愛された私のような根っからの墨西哥辣椒愛好家ハラペーニャーに保護具など不要だ。

ちなみに、この組み合わせをオリーブオイルで煮出して酒盗とブラックペッパーを加えると、スパイシーでさっぱりとした味わいのステーキソースが出来る。パスタに絡めるだけでも最高なのでオススメだ。

保存瓶にハラペーニョとにんにくを投入し、醤油をひたひたに注いで半〜1日寝かせる。

1:1の清酒、本みりんを火にかけ煮切り、しっかりと冷ましておく。

同量のハラペ醤油を入れ混ぜる。

バットにサーモンの切り身を並べ、漬け汁を注いで1時間ほど冷蔵庫で漬け込む。
すし飯に胡麻と大葉をを混ぜ込んだものにサーモンを並べ、必殺・卵黄を乗せて完成だ。もちろん、すし飯ではなく熱々の白飯でモリモリと食べるのも快感だ。

「ドゥクシ」と卵黄をひと突きし、流れる卵液ごと大きくすくって口に放りこむ。

──なんという──うまさなんだ....

あまりの美味さに、過去の忌まわしい記憶が蘇り、失った筈の小指がジクジクとうずいた。

嘘をついてしまった。

恥ずかしい記憶は山ほどあれど、忌まわしい記憶などない。小指だってバキバキ現役で、達者に動きすぎて困るくらいだ。

ケジメ指はさておき、卵黄を真ん中にあしらう盛り付けは鉄板といえるが、どこか眼球じみていて「深淵からのぞくもの」を思わせる。したがって、深淵からのぞくものから妻を守るために左右非対称アシンメトリーの盛り付けも用意し、深淵からの視線の99%以上をカットすることに成功した。深淵にのぞきのぞかれキャッキャするのは──私だけでいいだろう。

深淵から妻を守る丼

ハラペーニョと深淵がピリリと効いた幸せな丼もあっという間に空っぽになった。もう空だというのに、腹の虫たちが「おれもおれも」と騒ぎ立てるので、納豆にハラペ醤油をかけてEXVオリーブオイルをひとまわし。ぺぺっと混ぜたものを白米に乗せてワサワサとかき込み、「どうだうまいだろう」とばかりに腹の虫を黙らせた。


それにしても──ハラペーニョは良い。

口のなかにワナワナと残り続ける怨念じみた唐辛子も良いが、頭のてっぺんからスコーンと抜けてスッと消える「あと腐れのない」辛さがハラペーニョの魅力のひとつだ。思い浮かべるメキシカンの気質そのものである。感性が湿っぽい日本人としては、ギラギラの太陽ソルを背にハラペーニョがニカっと笑った気がして、その底抜けの明るさが羨ましくもある。

「嫉妬」という唐辛子の花言葉に、なんだか妙に合点がいくのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?