🍥燻製勘八のカルパッチョ🍥
スーパーの店内を回遊していると、私の目は鮮魚コーナーの勘八に引き寄せられた。
回遊魚である勘八に、スーパーの回遊男である私が邂逅したことは、当然の帰結かもしれない。
こういった邂逅いは、煙を燻らせ祝福するに限る。なぜなら、私は燻製家だ。
燻製をせずにはいられない。
地球を観たガガーリンが「青かった」と言わずにはいられなかったようにだ。
早速、勘八を拡げたピチットシートに置き、満遍なく塩と三温糖、黒胡椒を振る。分量は…その…アレだ…行雲流水だ。
そのまま勘八をピチットシートで包み、さらにラップで密に巻いて冷蔵庫でひと晩寝かせる。漬け込みと脱水を同時に行おうという、やや乱暴な方法で保存性にも欠けるが、「刺身と保存食の中間」といった着地点を狙って辿り着いたお手軽な下処理である。
一夜明け、シートから取り出した勘八を軽く水で濯ぎ、表面の水気を拭き取る。
冬季は外干しの風乾でもいいが、当日は外気温が高めだったために、サーキュレーターで軽く風乾した。
ちなみに、充電式の小型サーキュレーターは冷蔵庫内で「擬似冬季外干し」を再現したり、燻製後の食材を休ませるために使ったり、テレビから這い出てきた貞の字の湿った長い髪の毛を乾かしたりと、非常に重宝している道具だ。
良い塩梅に水分が抜け身が締まり、表面がさらりと乾いた勘八を、冷燻にかけていく。
古き良き時代の未確認飛行物体がごとくフォルムだが、オーブン燻製器という、冷〜熱燻までこなせる確認済燻製物体だ。
色づきは淡いが、ピーティーな仕上がりとなった。あまりの芳しさに、両手で勘八を構え、左右に顔を動かしながらしばらく勘八を嗅ぎ続けていたが、その様はまるでブルースハープ奏者のようでもあった。
ボブ・ディランはBlowin’ in The Windと歌ったが、私は勘八と読者をSmokedところなのだ。邪魔をしないでくれボブ。
さて、「食べれ食べれ」などと言わんばかりに芳しさを撒き散らす勘八だが、無慈悲にフードシーラーで封印し、冷蔵庫のチルド室で3日〜休ませる。こうすることによって煙の角が円くなり、熟成と相まって「ええ塩梅」へと育っていくのだ。
辛味を抜き水気を切った新玉ねぎを敷き、切り分けた勘八を並べる。パプリカとブロッコリースプラウトをあしらい、太白ごま油、酢、燻製醤油、黒胡椒のドレッシングを回しかける。もしも燻製の塩分が強すぎた場合は、オイルとペッパーだけで充分だろう。
材料のすべてが、勘八のスモーキーなうまみと相まって、なかなかの破壊力のあるカルパッチョとなった。
勘八と芋焼酎を楽しみ、ふと妻を見やると、ぎょろりと眼を見開いている。そして、丸く見開いた眼を縦断するように黄色い線が浮かび、部屋の照明を浴びて皮膚がキラキラと輝きはじめた。慌てて近づきよく観ると、それは鱗であった。細かい鱗を煌めかせながら、かつて妻だったそれはをカルパッチョを食べ続けている。
いけない。
魚だけに、話に尾鰭が付きすぎてしまったようだ。
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