🍥燻製担々素麺🍥
暑気払い、などとかこつけて、梅雨前からキンキンのビールや冷酒での「自宅納涼祭」が九月になっても終わらない。
三ヶ月も納涼を祈願しているのに、ちっとも納まらない連日の暑さである。秋が深まるどころか酒だけが深まって内臓を弱らせていく、といった一種の矛盾まで発生する始末だ。
自業自得とはいえ、こうも食欲が湧かないと──やはり冷たいそうめんに頼ってしまうのが夏の人情というものだが、めんつゆに浸して食べるのもいいかげん食傷気味である。ここは趣向を変えていこうと冷蔵庫を覗くと、ひき肉、牛乳、卵がある。棚には花椒、五香粉、燻製胡麻──そして、作ったばかりの燻製クラフト辣油があった。
私の額に、うっすらと「担々」の文字が浮かび、家の表札がシビカラと音をたてて「麻辣」に変わった。
ここは、冷たい担々麺──それも、とびきり辛いやつを作っていこう。しかし、身体と相談もせずに心意気だけで激辛にすれば、弱った胃腸に陽が差すどころか、麻辣の業火で灼かれて「大惨事」に陥る可能性がある。私のなかに弱気の芽がポコンと顔を出したが、突如としてデンゼル・ワシントンが現れ、その芽を踏みにじりながら言った。
彼の声が頭のなかでこだまし、私の心の良識という門にかかっていた閂がベキバキと折れ、怒涛のごとく反社会的な麻辣が溢れ流れ出したのだった。
数少ないこの記事の読者諸兄は、
「こいつは一体──何を言っているんだ──」
などと感じていることだろう。
しかし、安心してほしい。私にだって──解らないからだ。
さて、早速ひき肉を冷燻にかけていく。火が通る温〜熱燻でもいいが、冷燻は熱を加えないので素材を変質させないし、料理の仕上がりに燻香も残りやすい。ウッドチップは、ヒッコリーに泥炭を加えたものを使用した。
仕上がりは──なかなか芳醇な香りだ。私の脳も取り出して冷燻にかけ再収納すれば、たちまち人生も芳醇になって重ねてきた黒歴史すらも極彩色に輝き出さずにはいられない。そういった可能性を感じさせなくもないかもしれなくない良い香りだ。
ひき肉を休ませている間に、牛乳を50℃程度に温め、上記材料を投入してよく混ぜる。今回は燻製した白ごまをミルミキサーにかけたが、市販のすりごま、または黒すりごまでも何ら問題ない。混ぜ終えたら、冷蔵庫で冷やしておく。
鍋に油を引き、中弱火で生姜、にんにくを煮出して香りが立ったらひき肉を加え中強火にする。
炒め合わせ、ある程度火が通ったらAを加えて混ぜ合わせ、焦げぬように水分が無くなるまで煮詰め、常温でよく冷ます。
担々麺は、仕上げの化粧として辣油を咲かせるものだとは思うが、今日の私は人でなしの反社ちゃんだ。優しい味わいの胡麻ミルクスープの乳白に、紅の劇物を執拗に混ぜて嗜虐心を満たしていく。ちなみに、先に辣油を混ぜてから冷やすと油分が凝固して残念な仕上がりになるので気をつけたいところだ。
そうめんを茹で冷水で〆て、水気をよく切る。
スープを満たし、燻製そぼろをたくさん乗せ、小ねぎ、青梗菜をあしらう。
そして、さらに辣油で化粧を施し、擂った花椒をたっぷりと振りかける。
おっと──温泉卵を忘れていた。
生卵でもなく、ゆで卵でもない。温泉卵という胡乱な状態の卵が、この地獄には相応しいだろう。
箸で肉をつき崩し、麺をすくい上げる。
いつものようにゾババと啜ってはいけない。この麺は、限りなく冷えた──灼熱だからだ。よしんば辣油が勢いよく気管に入り込んだら、本日が私の──忌日となる恐れすらあった。
そろりそろりと啜ったその美味さに笑みがあふれ、そして、あふれた笑みは凍りつく。舌が灼け、汗は噴き出し俺も俺もと止まらない。眼球は充血し、口とその周りが痺れ、ワナワナヒリヒリと震える。
おいおい....麻辣地獄じゃないか。
ごまの効いたミルクスープに、スモークと五香が香るコク深い肉そぼろが溶け出し、温泉卵のまろやかさも相まって素晴らしい味わい──を吹き飛ばす麻辣の暴力性がたまらなく良い。
「夏の風物詩」とも言える牧歌的な素麺ですらも、たちまち悪役に変えてしまう麻辣のおそるべき邪悪さに、私はトイレでひとり戦慄するのだった。
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