「社会参加」はオンラインでも必要不可欠
こんにちは、Yusukeです。
緊急事態宣言が全く明けませんね。
「自粛疲れ」でのストレスは自分の知らないうちに大きな負荷となっているかもしれません。
ある意味、コロナより恐ろしいと思います。
自分で考え行動できる人たちはストレスをうまく発散し、心身のバランスをとっています。
実際私も色々な所へ出かけたりしています。
プライベートの外出に対してはある程度対応できると思いますが、問題は仕事に関してです。
当たり前にあった「社会参加」ができないストレス
人は社会の構成員として生きています。
人は社会の潤滑油であり、エッセンシャルなものです。
人は人との関わりがあり、初めて自分の存在を知り、多くの学びを得ることができます。
今まで当たり前にあったことができない、このフラストレーションをすべての人に大きな影響を与えました。
オンラインでのコミュニティー参加は拠り所
リアルなコミュニティーに参加できなければ、オンラインに流れるのは必然です。
「社会に参加したい」という欲求は誰しも持ち合わせていること。
いわゆる「所属と愛の欲求」というやつですね。
この言葉はあまりにも有名な「マズローの5段階欲求(自己実現論)」の内容です。
引用:United Gratitude -ユニグラ-YouTube
人はどこかに関わっっていないとフツーにメンタルがやられる。至極当たり前、自然現象、自分の責任ではないんです。
上記を理解した上で行動は必要です。
オンラインというツールを活用してのコミュニティー参加は、現在ではスタンダードになりつつあります。
有料のオンラインサロン、メンバーシップは多数存在し自分に合ったものを見つけるものは大変です。
手軽に「所属と愛の欲求」を満たせるのですが、「課金」や「質の見極め」が必要になってきます。
情弱にならないためにもリテラシーは磨いていきたいですね。
実は私も色々試しました。某有名サロン箕〇編集室とか・・・リアルな集まりも行きましたが結局合わず、やめたてしまいました。
自分の心地よい距離でいい
相手を誹謗中傷したりする人が後を絶えません。
モラルに反したネット住民は多く存在します。
現実世界で葛藤、ストレス発散先として存在を隠しやすいネットを選択している。
彼らにとってはそれが心地よい距離なのでしょう、ですが肯定はできません
それぞれにとっての心地よい距離は必ず存在するはす。そしてオンラインの最大のメリットはいつでも逃げれるということです。
リアルな人間関係だとすぐに環境を変えたりするのは難しいです。
面と向かって文句は言えない、言ったら関係崩壊しかねません。
ネットなら直接相手に伝えることができる。立場が悪くなったらすぐに離脱、ログアウト、アプリ消去、いくらでもフェードできます。
そして新たな場所に移動できますから。
まー、すぐに環境を変え転々とするのはちょっと問題ありますが。
オンライン社会でも実社会とベースは同じ
オンライン社会も対人関係です。
ネットの向こう側にいるのは人、直接的ではありませんが対人関係は同じこと。
相手をある程度リスペクトする必要があります。
ネットの住民はおバカちゃんもいますから、念頭に置いておくということですね。。
見えない相手で自分の存在も隠せると強気になってしまいます。
リアルもネットも人がモラルをコントロールする、至極当たり前のことです。
実名でのアカウント運用はモラルをコントロールするための効果的なツールの一つです。
色々な社会に参加してみる
経験値が高い人はコミュニケーションの引き出しや問題解決能力が高い傾向にあります。
やはり場数や失敗を経験し、多くの人に出会って来たからです。
違ったカテゴリーの社会へあえて足を踏み入れることも多くの学びにつながります。
居心地の良い社会は理想ですが、そこから外れた未経験の社会もまた知っていると人生の役に立つ瞬間があると思います。
社会参加は確実に人生を豊かにする
私は経験を大切にしてきて好奇心は割と高く、学びに貪欲でした。
それも年齢とともに衰退していく、紛れもない事実です。
社会参加意欲という面でもやっぱり減ってきていますね。
人は1人では生きられません。必ず誰かの影響や恩恵、社会システムの構成員として存在します。
人間関係は確かに面倒ですが、自分自身のマインドや距離をコントロールし適切な参加スタイルを状況に応じて変化させていく。
複雑にしたがる大人にとってこのスキルがなければ消耗してしまいますね。
シンプルに生きられれば人生はもっと豊かになるはず。
そこを目指して歩き続けます。
では、また次回。