【書評】谷川渥『美のバロキスム—芸術学講義』武蔵野美術大学出版局、2006年。

 本書は戦後アメリカ美術の理論的支柱であったクレメント・グリーンバーグを中心に、彼以前の「バロック」にまつわる問題と、彼の後に盛んに論じられたポストモダニズム美術や芸術終焉論とを、一つの流れとして概観する画期的な入門書だ。
 本書は五章構成となっている。第一章ではカント-グリーンバーグ主義に残響する、古代ギリシアからヴェルフリンやクローチェ辺りまでの思想を詳らかにしていく。
 第二章では20世紀に活躍した美術史家ヴォリンガーの「抽象衝動」という概念を端緒に、ショーペンハウアーを経由してカンディンスキーやモンドリアンら20世紀の抽象画家の「composition(=構成/作曲)」の問題系へ迫り、その中の純粋化の問題からシュールレアリスムへと論が展開されていく。
 第三章は体良くまとめられた近現代美学史の概説となっている。美学に関するヴァレリーの提言から始められる本章ではカント、ショーペンハウアー、ニーチェ等を経て「崇高」や「美の他者性」というトピックが語られる。
 第四章は本書の山場ともいえる章であり、ここでは美学問題としての「バロック」について語られる。一説には「歪んだ真珠」を意味するとされる「バロック」という言葉がもつ意味の曖昧さを、それぞれの美術史家はどのような企図で引き受けてきたかということに迫る本章は一編のバロック美術批評史を成すものとなっている。
 第五章ではポストモダニズムと時を同じくして盛んに論じられた芸術終焉論に焦点が当てられている。前半ではデュシャンやコスースなどの芸術実践とローゼンバーグやフリードらの批評との行き来のなかでポストモダニズムにおける美術状況を描写していく。後半ではヘーゲル美学をダントーやベルディングといった「芸術の終焉」に関する有名な論者がどのように受容し、論を展開させたかということについて簡潔な整理がなされている。
 本書は入門書としては美学/美術史に関する固有名が多く、初学者は面を食らうことも少なくないかもしれない。しかし、本書はそのような点を除けば、講義が書籍化されたものであるということもあり、非常に平易かつ明晰な語り口で戦後アメリカ美術の動向を紹介する稀有な本といえよう。また、図版が豊富な点も素晴らしい。読者兄姉には豊富図版をもつ本書で、イメージと理論の刺激的な往還を楽しんで頂きたい。

いいなと思ったら応援しよう!