【書評】岩井秀一郎『服部卓四郎と昭和陸軍』(PHP研究所、2022年)
去る6月29日(水)、岩井秀一郎先生のご新著『服部卓四郎と昭和陸軍』(PHP研究所、2022年)が出版されました。
本書は、大東亜戦争中に二度にわたり参謀本部戦争課長を務めた服部卓四郎の生涯と昭和期の陸軍のあり方に焦点を当て、陸軍の体質が個人にいかなる影響を与えるか、そして一人の軍人の行動がいかにして組織全体の動向を左右するかを実証的に検討した一冊です。
今回「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」の呼称が用いられているのは、服部の著書が『大東亜戦争全史』であることと、服部と「太平洋戦争」の呼び名が対応しにくいという観点によるものです。
陸軍大学校を卒業し、フランスに留学するなど「エリート」としての道を歩み、1939年のノモンハン事件によって注目を集めて大東亜戦争の指導的立場を得たこと、そして戦後はGHQの下で戦史の編纂に携わったことなど、服部の足跡は一見すると華やかであり、また時代の変化を巧みに生き抜いたと思われます。
しかし、本書は未刊行の資料や各種の文献を活用し、昭和期の陸軍が積極的な戦略や作戦を高く評価するという体質を持った組織であり、そのような気風の中で「エリート」として経験を重ねた服部が自ずから積極論者となったことを明らかにします。
また、参謀本部の下僚であった辻政信らとともに積極論を唱えた服部が戦中の陸軍全体の進路を方向付けたことは、陸軍の組織としての欠陥であるとともに、個人が現に存在する欠陥をさらに大きくしたとすることは、説得的です。
あるいは、優れた知識と洗練された人柄を備えていたものの視野の広さや謙虚さに欠け、責任感の点でも問題があったにもかかわらず、服部が参謀本部作戦課の後輩たちから高い評価を得ていた理由を考究し、一つの結論を得たことも見逃せません。
すなわち、人柄といった表面的な事柄ではなく、服部の戦中の責任を明確にすることは、その指揮の下で作戦の立案に携わった参謀本部作戦課の人々にとって自らの責任を認めることに他ならず、そのために服部への批判を抑えることで自分たちも「戦争責任」から逃れようとした可能性が指摘されている点は、組織と個人または個人間の関係を考える上でも重要となります。
社交性を活かして大使館駐在武官となり、他国の外交官や軍人と交際して情報を収集することが最も適任であったと指摘される服部が戦争遂行の中心的な役割を担ったこと、そしてそうした人物に作戦課長の要職を任せた陸軍の構造的な問題は、今日のわれわれにとっても組織と個人のあり方をよりよいものとするために重要な知見を提供します。
そして、「服部に全ての責任を負わせるのではなく、巧みな処世術で激動の時代を生き抜いた服部を通して戦前から戦後の日本のあり方を考えたい」という執筆の意図に貫かれた『服部卓四郎と昭和陸軍』は、今後服部卓四郎を考える際に欠かすことが出来ず、昭和期の陸軍や太平洋戦争に関わる研究の基礎をなす好著と言えるでしょう。
既刊『永田鉄山と昭和陸軍』(祥伝社、2019年)に続く岩井秀一郎先生の「昭和陸軍もの」がさらに続けられ、『昭和陸軍』として一冊にまとめられることが期待されます。
<Executive Summary>
Book Review: Shuichiro Iwai's "Hattori Takushiro and the Showa Army" (Yusuke Suzumura)
Mr. Shuichiro Iwai published book titled Hattori Takushiro and the Showa Army from the PHP Institute on 29th June 2022.