【書評】伊東潤『威風堂々』上下巻(中央公論新社、2022年)
去る1月10日(月)、伊東潤先生のご新著『威風堂々』上下巻が中央公論新社から出版されました。
本書は佐賀新聞での連載をまとめたもので、大隈重信が幕末維新期の動乱から明治時代における新国家の建設、そして新たな発展の段階を迎えた大正時代までどのように生き、何を目指し、何を成し遂げたかが描かれています。上巻の副題は「幕末佐賀風雲録」、下巻は「明治佐賀風雲録」です。
要領のよさでは人一倍の能力を発揮した「河童の八太郎」が鍋島閑叟や江藤新平、大木喬任、副島種臣、佐野常民ら佐賀藩の人々の薫陶や切磋琢磨を通して時代を牽引する存在となる様子からは、本書が一種の教養小説もしくは青春小説であることを伝えます。
また、持ち前の弁舌の巧みさや理財への明るさ、さらに語学の堪能さや思考の明晰さなどにより、維新後は新政府内の小勢力となった佐賀藩を代表し、薩摩藩の大久保利通や長州藩の伊藤博文といった傑物から多くを学び、自らの政治的な信念と感覚を磨き上げる過程は、作品に奥行きを与えます。
これに加えて、最新の研究成果を積極的に摂取し、1889(明治22)年に来島恒喜の投げた爆弾により重傷を負い、右足を失った遭難事件について、馬車の中の大隈が右足を上にして組んでいたことを記したり、柏木綾子との出会いから結婚に至るまでの課程などは、歴史的な事実の描出と、それぞれの事実が埋めきれない余白を補う作者の創造性を知るための格好の事例です。
一方、2度にわたり内閣総理大臣を務め、後に私学の雄となる早稲田大学の前身である東京専門学校を設立して人材の育成に尽力し、さらに日本の文明の水準を向上させるための啓蒙団体である大日本文明協会を初めとして様々な民間団体の会長職などを兼ねるなど、大隈の活動は多岐にわたります。
そのため、明治時代に入ってからは政治家としての活動を中心とし、教育者としての事績が続くものの、その他の側面については記述の分量が少なくなっているという点については、読者の間で是非の判断が分かれるかも知れません。
しかし、「日本がよりよい国になるためには何をなすべきか」という考えが青年期から最晩年まで大隈を一貫する問いであったことも否めません。
従って、本書が国を実際に動かす政治と、よりよい社会の担い手を育てるための教育に特に注目したことは、大隈の多様な姿を見失わせるのではなく、むしろ象徴的な事例を通して大隈の重層的な活動を力強く表現しています。
このように、『威風堂々』は歴史書と小説との間を巧みに架橋することで、歴史小説の妙味を存分に堪能できる好著と言えるのです。
<Executive Summary>
Book Review: Jun Ito's "Ifu Dodo" (Yusuke Suzumura)
Mr. Jun Ito published two-volume book titled "Ifu Dodo" (literally Full-Blown Dignity) from Chuokoron-Shinsha on 10th January 2022.
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