岸田文雄首相の自民党総裁選不出馬の判断はいかなる意味を持つか
本日、自民党総裁である岸田文雄首相が記者会見を開き、今年9月に行われる総裁選挙への不出馬を表明しました[1]。
記者会見において、岸田首相は新生自民党の姿を国民の前の示すことが重要であり、そのためには何よりも自由闊達な論戦が必要で、自民党が変わることを示す最も分かりやすいことは現職である自らが出馬しないことに他ならず、そのため、総裁選を通じて選出される新しい総裁を一兵卒として支えると発言しています。
こうした発言に基づけば、自民党の派閥の裏金問題などがもたらした国民の政治不信を受け、党総裁として所属議員の不祥事の責任を取ることが総裁選の出馬辞退の直接の理由となります。
一方、現実的には、来るべき総選挙を見据えた「岸田おろし」が本格化する前に政権を譲ることで影響力を維持し、次期総裁の後継を狙うという戦略を推察させます。
実際、米国のジョー・バイデン大統領は最後まで今年11月の大統領選挙への出馬を目指していたものの、大口の献金者や大統領選と同時に行われる上下両院選での敗北を懸念する議員たちに迫られる形で立候補の事態を余儀なくされました。
これによって民主党は大同団結が実現したものの、バイデン大統領はリンドン・ジョンソン大統領以来56年ぶりに再選のために大統領選挙に立候補しない現職になることを余儀なくされました。
また、菅義偉前首相が最後まで総裁選への出馬を模索しながら出馬の事態に追い込まれ、今年になってからその言動が注目されるようになるまで2年以上にわたって政界の傍流に置かれたことを考えるなら、岸田首相の判断は合理的となります。
ところで、岸田首相が解散することを表明した宏池会からは、岸田首相を含めてこれまで5人の首相が政権を担いました。そして、過去4人の首相の最後は、波乱に満ちたものであったことは広く知られるところです。
すなわち、宏池会の創設者である池田勇人首相は所得倍増計画を標榜し、岸信介政権下の日米安保条約改定の問題で表面化した国論の分断を経済発展へと集中させることに成功するとともに、1964年にアジアで最初のオリンピックとなる東京大会の開催を実現するなど、本格政権として着実な成果を挙げました。しかし、オリンピックの閉会後に体調の悪化のために入院し、最後は無念の退陣となりました。
次の大平正芳首相は田園都市構想など、成長の限界が世界的に指摘される中で経済の規模だけではなく生活の質の向上に努めようとしたものの党内の権力抗争の激しさもあって体調を崩し、最後は衆参同日選挙中に急逝します。
その大平首相を継いだ鈴木善幸首相は和の政治を標榜して党内抗争ではなく諸勢力の協調による政権の安定を目指したものの、日米同盟には軍事的意味は含まれないと発言して米国の反発を招き、伊東正義外相が日米同盟には当然軍事的意味が含まれると抗議して辞任するなど、政権の運営は混乱しました。そして「暗愚の宰相」と揶揄され続け、最後は半ば政権を放り出すように退陣します。
そして、自民党のニューリーダーとして将来を嘱望され、本格政権となることを期待されて発足した宮澤喜一内閣は、政治改革問題の停滞によって最大派閥の竹下派が分裂し、新たに誕生した羽田派は野党の提出した内閣不信任決議案に同調したことで議案が可決されたために衆議院を解散します。自民党は選挙前議席を維持したものの過半数を割り込んだことで1955年の結党以来初めて政権の座を失っています。
こうした過去の事例に比べれば、岸田首相の決断は余力を残し、その後を見据えるという点でその政治力の高さを示すものかもしれません。
なお、参考として、岸田文雄首相の記者会見の概要を発言の順番に従って抜き書きし、以下の通りご紹介します。
【自民党総裁選不出馬の理由】
・新生自民党の姿を国民の前の示すことが重要
・そのためには何よりも自由闊達な論戦が必要
・自民党が変わることを示す最も分かりやすいことは私が出馬しないこと
・総裁選を通じて選出される新しい総裁を一兵卒として支える
【岸田文雄政権の実績】
・総裁、総理として「新しい資本主義」のもと、30年続いたデフレを脱却するため、諸政策に取り組んできた
・旧統一教会問題や自民党の派閥裏金問題などで国民の政治不信を招く事態が生じる
・国民を裏切ることがないよう、総理総裁として努力してきた
・国民の信頼あってこその政治であり、政治改革を前に進めるため、国民を向いて政治に取り組む
【新総裁への期待】
・残されたのは、自民党トップとしての政治責任
・自民党所属議員のとった行為を総裁として責任を取ることはいささかも躊躇しない
・一連の外交日程に一区切りがついたこの時期に総裁選に出馬しないことで新しい自民党の第一歩としたい
・われこそはという人物にはぜひとも手を挙げてもらいたい
・総裁が選ばれたのちは、ノーサイド、主流派も非主流派もなく、真のドリームチームを作ってもらいたい
・何よりも大切なのは国民の信頼を勝ち取る総裁であること
・私としてもそれを見極め、一票を投じたい
・今後も、政治家岸田文雄として「新しい資本主義」の下でGDP600兆円を確実なものにしたい
【新総裁の課題】
・外交では、新総裁はウクライナ問題について唯一の被爆国として戦争の終結に向けてリーダーシップを発揮してゆかねばならない
・来年は日韓国交正常化60周年の節目の年、日中関係も戦略的互恵関係に基づいて行ってゆかねばならず、日朝関係も重要
・憲法改正も発議までこぎつけたい
・残された政治改革の課題について速やかに解決してゆかねばならない
【政権の最後の取り組みと今後】
・私の政治人生、政治生命をかけて、これらの課題に取り組んでゆくし、9月の任期中まで全力で政権を運営する
・能登半島地震、南海トラフ対策についても、一意専心取り組んでゆく
[1]岸田内閣総理大臣会見-令和6年8月14日. 首相官邸, 2024年8月14日, https://www.youtube.com/watch?v=3f-0QwCSOaY (2024年8月14日閲覧).
<Executive Summary>
What Is the Meaning of Prime Minister Fumio Kishida's Decision for the LDP Presidential Election? (Yusuke Suzumura)
Today Prime Minister Fumio Kishida announces that he will not run for the Liberal Democratic Party's Presidential Election which will be held in this September. On this occasion, we examine the meaning of Prime Minister Kishida's decision.