「1996年のMUSIC TOMORROW」で思い出したいくつかのこと
今から25年前の1996年6月18日(火)、私はNHK交響楽団が主催する現代の音楽作品を特集する公演"MUSIC TOMORROW"を初めて鑑賞しました。会場はサントリーホール大ホールでした。
この時は、前半に第44回尾高賞の受賞者である野平一郎の室内協奏曲第1番と林光のヴィオラ協奏曲「悲歌」、後半にクシシュトフ・ペンデレツキの交響曲第3番が演奏されました。ピアノ独奏は木村かをり、ヴィオラ独奏は今井信子、指揮はペンデレツキでした。
当時、学生はS席からC席までの4つの券種のいずれも半額で購入できたので、法政大学に入学したばかりの私は迷うことなくS席を購入しました。
音楽評論家の石田一志さんが司会を務め、野平、林、ペンデレツキの3氏が舞台上に勢揃いして行われたプレトークが終わり、開演まであと5分というとき、私の目の前の席に座ったのは、先ほどまで舞台で作品の解説や作曲家としての創作活動とピアノ奏者としての取り組みなどを遠慮がちに話していた野平さんでした。
確かに、券を購入する際、目の前の列からは「購入不可」とされていたものの、まさか目の前が今回の受賞者の席とは思いもよらないものでした。
野平さんの室内協奏曲第1番は独奏ピアノの繊細な旋律と、過度に技巧的とならず、かといって冗漫でもない管弦楽の伴奏の融合が印象的な作品です。
このような演奏を聞いた後でもあっただけに、休憩時間に意を決し、席に座って当日の公演の冊子に目を通していた野平さんに声をかけました。
プレトークのお話と作品が大変に素晴らしかったこと、さらに偶然にも真後ろの席に座っていることをお伝えし、突然のお願いであり、場を弁えないこととは十分承知しているが、もし差し支えなければ今日の記念に署名をいただきたいと、私の手元にある公演の冊子と筆記具を恐る恐る差し出しました。
すると、野平さんは「え、ぼくでいいんですか?」と「意外だ」という面持ちで、ご自身の背広の内ポケットにしまわっていたボールペンを取り出し、軽やかな筆跡でお名前を書いてくださいました。
私が音楽家に署名をお願いしたのは現在に至るまでこのときの1度だけのため、この日の公演冊子は今も大切な鑑賞の記念となっています。
<Executive Summary>
Miscellaneous Memories of the NHK Symphony Orchestra's MUSIC TOMMOROW (Yusuke Suzumura)
It was the 18th June, 1996 when I attended the NHK Symphony Orchestra's concert MUSIC TOMORROW. At the same time it was the first and the last opportunity for me to obtain a signature of a composer, Mr. Ichiro Nodara, the winner of the 44th Odaka Prize.