【評伝】フェイ・ビンセント氏--「オーナーの敵」となった最後のコミッショナー
現地時間の2月1日(土)、大リーグの第8代コミッショナーであったフェイ・ビンセント氏が逝去しました。享年86歳でした。
弁護士やコロンビア・ピクチャーズ、コカ・コーラなどの重役として実業界で活動していたビンセント氏が球界に入ったのは長年の友人であったバートレット・ジアマッティが大リーグのコミッショナーを務めていたためです。
すなわち、1989年に副コミッショナーに就任すると、当時問題となっていたピート・ローズの野球賭博問題の解決に向けて主導的な役割を果たすことになりました。
最終的にローズには球界からの永久追放処分が課されたものの、機構の措置が厳しすぎるという批判も根強いものでした。そして、コミッショナーとして最終的に処分を決定したジアマッティは、この間の心労の影響もあってか、裁定を公表した記者会見の8日後に心臓発作により急逝します。
こうした状況を受けてビンセント氏は1989年9月13日にコミッショナーに昇格しました。
思いがけない形で球界の最高権威者となったビンセント氏は、ジアマッティのような学者でもなければその先代で球界の最高経営責任者を自任したピーター・ユベロスのような颯爽とした経営者としてふるまうことも、さらに15年半にわたりコミッショナーを務めたボウイ・キューンが目指した球界の番人でもありませんでした。
何故なら、当時の大リーグを取り巻く環境がビンセント氏にこれらの態度をとることを許さなかったからです。
1989年頃の大リーグは、ユベロスの時代に娯楽から産業へと転換したことに伴う労使間の対立が球団経営者による一層の利益の追求と、選手会による権利のさらなる向上の衝突という形で先鋭化していました。
このような対立が1994年8月に起きた米国のプロスポーツ史上最長のストライキの前段をなしていました。
そして、ビンセント氏はコミッショナーとして双方の利害を調停すべく尽力したものの、経営者側からは選手寄りと批判され、選手会側からは経営者たちの一派とみなされるなど、球界の統治は困難なものでした。
特に1985年から1987年にかけて各球団がフリーエージェントとなった選手の獲得に対して制限を加えたことが共同謀議であったと認定したことや、1993年のナショナル・リーグの球団拡張に備えて地区の再編成を実施しようとしたことなどは、経営者たちにとってビンセント氏が好ましくないコミッショナーであるという印象を決定づけるものでした。
最終的に1992年9月のオーナー会議で不信任案が可決され、ビンセント氏は辞任を余儀なくされます。
ジアマッティの急逝に続き任期途中でビンセント氏が辞職したこと、さらに後任のコミッショナーが決まらず、代行を置いて当面の運営が行われたことは、球界の混乱を象徴するものでした。
その意味で、ビンセント氏は3年の任期中に顕著な功績を残せず、むしろ大リーグ機構の統治能力の低下を示す存在と言えるかもしれません。
しかし、ビンセント氏は、「野球の最善の利益」を実現するというコミッショナーに課せられた責務に忠実であったことは、在任中の一貫した姿勢でした。
これは、ビンセント氏の解任に最も積極的であったミルウォーキー・ブリュワーズを所有するバド・セリグ氏が代行を経て正式にコミッショナーとなって以降急速に進んだコミッショナーと球団経営者、もしくは機構と球団の一体化という状況に比べ、大きな違いを示すものです。
現時点で野球史の研究はビンセント氏のコミッショナーとしての事績を積極的に扱ってはおらず、ニューヨーク・ヤンキースの所有者であったジョージ・スタインブレナーが賭博師との交際があったという理由で球界からの永久追放に処されたときのコミッショナーとして言及される程度です。
ただし、ビンセント氏は球団経営者との対立をもいとわない最後のコミッショナーであるだけに、その取り組みと存在意義については、これから十分に検討されることが必要となるでしょう。
球界が大きな変革の時代にあった1990年代にコミッショナーとしての職分を全うしようとしたビンセント氏のご冥福をお祈り申し上げます。
<Executive Summary>
Critical Biography: Dr Fay Vincent, the Last Commissioner Who Was Regognised as the Enemy of the MLB Owners (Yusuke Suzumura)
Dr Fay Vincent, the 8th Commissioner of the Major League Baseball, had passed away at the age of 86 on 1st February 2025. Dr Vincent was the de facto last commissioner who struggled with the owners of MLB teams and had to resign the position by the conflictions with them.