選択的夫婦別姓の問題を考える際に重要な論点は何か

いわゆる選択的夫婦別姓の問題について、賛否のいずれの議論も活発になされていることは、問題をわれわれ一人ひとりの課題として考えているとみなす場合、大いに結構なことです。

しかし、その際に注意が必要なのは、夫婦の姓を同じとする夫婦同姓が日本の古来の伝統であるとしたり、夫婦同姓によって日本の伝統であるイエ制度が維持されているととする意見が、議論の出発点として適切であるか否かということです。

例えば、法務省が「我が国における氏の制度の変遷」において示しているように、徳川時代には一般的に農民及び町民には苗字、すなわち氏の使用は許されず、明治時代になり当初政府は、妻の氏に関して実家の氏を名乗らせることとし、「夫婦別氏」を国民すべてに適用することとしたものの、1890(明治31)年の旧民法の中で夫婦は家を同じくすることにより同じ氏を称することとされました[1]。

また、すでに学術的な研究が明らかにしているように、家産、家名、家業の3点に象徴される永続的なイエが成立したのは早くとも戦国時代となります[2]。

もちろん、ここには氏と苗字の違いや家名としての屋号などの論点があるものの、従来の研究の成果をまとめると、以下のようになります。

すなわち、農民の場合では、苗字や通名など、家名に相当する名が用いられ始めるのは14世紀後半以降であり、これらが一般化するのは16世紀であることが確認されています。

一方、武士の場合、鎌倉時代までは遺産は分割相続が原則であったものの、13世紀後半には分割相続による所領の細分化が進んだことで、嫡男のみが親の財産の大部分を相続する単独相続が増加し始めています。

さらに、農民の場合では武士の事例よりも遅れて分割相続から単独相続へと移行しており、嫡男が相続した遺産が事実上の家産の性格を帯びるのは16世紀のことです。

こうした状況が何を意味するかと言えば、歴史的に人口の大多数を占めていた農民の間でイエの形式が成立した時期は過去500年程度のものであって、古来と称する場合であっても、決して古代以来の様式などではないということが分かります。

それだけに、もし選択的夫婦別姓の問題が議論されるすくなくとも上記のような論点に基づいて意見が交わされる必要があります。

そして、賛成であれ反対であれ、「古来」や「伝統」という表現を観念的に用いることはいたずらに議論を浅薄なものにするだけであるという点に十分な注意が必要なのです。

[1]法務省, 我が国における氏の制度の変遷. 公開日未詳, https://www.moj.go.jp/MINJI/minji36-02.html (2024年10月19日閲覧).
[2]例えば、坂田聡の『日本中世の氏・家・村』(校倉書房、1997年)や『家と村社会の成立』(高志書院、2011年)を参照せよ。

<Executive Summary>
What Is the Important Viewpoint to Examine the Problem of The "Selective Surname System"?
(Yusuke Suzumura)

The "Selective Surname System" is recognised as an important social problem in Japan. On this occasion, we examine the remarkable viewpoint to examine and understand the problem based on exact research results.


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