TOKYO FMの特集"THE TRAD presents MUSIC IN MURAKAMI"について思ったいくつかのこと

去る10月18日(月)から21日(木)まで、TOKYO FMの番組"THE TRAD"では、15時台の特集を"THE TRAD presents MUSIC IN MURAKAMI"と題し、稲垣吾郎さんと村上春樹さんの対談を放送しました。

この対談は、10月16日(土)に早稲田大学国際文学館、通称「村上春樹ライブラリー」において村上春樹さんが行った自作の朗読会の後に行われたものです。

村上さんの作品の愛読者である稲垣吾郎さんと、交響管弦楽から民族音楽まで幅広い音楽に親しみ、学生時代にレコード店でのアルバイトで南沙織や小柳ルミ子のレコードを販売した経験もある村上春樹さんとの対話では、「朗読」、「声」、「作家と俳優」、「歳を重ねること」、「音楽」といった話題を通して、様々なやり取りがなされました。

例えば、「音楽家の書く文章はリズムはよいが描写力が弱く、画家の書く文章は描写力はあるがなかなか前に進まない」という趣旨の村上春樹さんの指摘は、聴覚を主たる対象とする音楽家と主として視覚に訴求する画家の違いとが文章に与える影響を分析しており、興味深いものです。

あるいは、村上さんによる「中古レコード屋でいい品を見つけるこつは毎日通い、店主に顔を覚えてもらうこと」という発言も、音楽に留まらず様々な分野に通じる広がりを持っているという意味である種の普遍性を備えています。

一方、「10代の頃からアイドルとして活動する中でも、根底には俳優になりたいという思いがあった」という趣旨の発言は、30年以上にわたって芸能界の第一線で活躍する稲垣吾郎さんの一言だけに、絶えず高みを目指すことの重要さを聴取者に伝えるものでした。

こうしたやり取りは、もちろん村上春樹さんの文学の愛好家にとっては既知の内容を含んでおり、場合によっては作家の持つ一種の神秘性を剥ぎ取ることになりかねません。

それとともに、『アンダーグラウンド』(1997年)を発表した頃から社会とのかかわりをそれまで以上に重視するようになった村上春樹さんの姿勢の変化を考えれば、このような対談はある意味で自らの存在を社会化する試みでもあり、書き手と読み手の距離を縮める効果を持つことでしょう。

何より、2020年にNHK教育テレビで放送された『クラシック音楽館』での「ベートーヴェン特集」で聞き手として話し手の持ち味を最大限引き出した稲垣吾郎さんが、村上春樹さんにもその魅力を遺憾なく発揮したことは、特別対談の名にふさわしいものでした。

それだけに、今回は企画が持つ意義は、単に番組の特集という枠に留まるものはない、より大きな価値があったと言えるでしょう。

<Executive Summary>
Miscellaneous Impressions of TOKYO FM's Feature Programme "THE TRAD presents MUSIC IN MURAKAMI" (Yusuke Suzumura)

TOKYO FM's "THE TRAD" broadcasted a feature programme named "THE TRAD presents MUSIC IN MURAKAMI" which was a dialogue between Mr. Haruki Murakami and Mr. Goro Inagaki, on 18th through 21st October 2021. In this occasion I express my miscellaneous impressions for the programme.

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