【書評】峯村健司『ウクライナ戦争と米中対立』(幻冬舎、2022年)
去る9月20日(火)、峯村健司さんの新著『ウクライナ戦争と米中対立』(幻冬舎、2022年)が刊行されました。
本書は、2022年2月24日(木)に始まったロシアによるウクライナへの侵攻を開始したことを受け、現在の世界は従来の国際秩序の転換点にあるという理解に基づき、峯村さんが各分野の専門家と行った討論をまとめたものです。
対話に参加したのは、2020年に6回にわたり幻冬舎が主催した連続講座「米中激突!どうなる『新冷戦』」で峯村さんが議論を行った鈴木一人、村野将、小野田治の各氏と、小泉悠と細谷雄一の両氏でした。
国際政治、宇宙政策、安全保障、防衛政策、ロシア研究など、対話の相手の専門分野は異なるものの、本書を貫くのは、ロシアによるウクライナへの侵攻によって明らかになった現在の米国の対外政策や安全保障政策が、中国による台湾併合に向けた軍事行動としての台湾有事の可能性を高めるのであり、台湾有事に対して日本はどのような対応策を講じるべきかという問題意識です。
こうした観点からなされる対話から導かれるのは、世界の超大国としての米国が世界の警察官の役割を放棄した現在、国際秩序は米ソが対立した冷戦期のように米中の二極の対立を基軸としつつ、19世紀半ばから20世紀初頭の帝国主義時代のように多極化が進み、複数の大国による権力に基づく政治、すなわちパワーポリティクスの時代の到来という構図です。
一連の議論の中でしばしば強調されるのは、新しい国際秩序の中で日本はいかなる立場に置かれるかという点です。
日本国内では遠い国の話と思われがちなウクライナ戦争ではあるものの、実際には国際秩序の転換をもたらす出来事であり、新たな秩序の下で生き残るための、新しい国家戦略や国のあり方を議論することが必要という考えは、読者に重要な視点を提供します。
それとともに見逃せないのが、いずれの対話も専門家への質問と回答という一方的なあり方ではなく、聞き手である著者が時に各専門家と踏み込んだ議論を行っていることです。
ノンフィクション作家のコーネリアス・ライアンが取材の対象について徹底して調査を行ったうえで、それでも解き明かせなかった問題について聞き取りを行ったように、著者も、米中両国に特派員として駐在した経験を持ち、両国の政治や経済、社会などの様々な問題について確かな理解を備えているために、聞き役に徹するのではなく、質問者であると同時に対話者になったと言えるでしょう。
もちろん、聞き手は回答者を引き立てる存在であり、その役割は限定されていると考えることもできます。
それでも、5人の専門家との対話を通してウクライナ戦争に関する問題の所在が明らかになり、さらにウクライナ戦争が台湾有事の可能性を高める構造が示されたのは、ひとえに著者が専門家から真摯な回答を引き出すための十分な力量を持ち、その力量を遺憾なく活用していたからに他なりません。
奇しくも現在日本国内で重要な政治上の課題となっているのは、防衛費増額問題です。
戦後の日本の安全保障政策の転換点ともも称される防衛増額問題は、日本に住む人々一人ひとりにとって重要な意味を持ちます。
また、本書のように多様な観点から問題を考える姿勢は、事柄を一面から眺めるだけでは得られない、対象についての新たな理解をもたらします。
それだけに、時事的な話題を取り上げつつも今後日本と世界の進むべき道を模索する『ウクライナ戦争と米中対立』は、価値の変動期だからこそ大きな意味を持つと言えるのです。
<Executive Summary>
Book Review: Kenji Minemura's "The Ukraine War and Confliction between the USA and China" (Yusuke Suzumura)
Professor Kenji Minemura published book titled The Ukraine War and Confliction between the USA and China from the Gentosha on 20th September 2022.