【追悼文】猪俣猛さんについて思い出すいくつかのこと
去る10月4日(金)、ドラム奏者の猪俣猛さんが逝去されました。享年88歳でした。
猪俣さんが戦後の日本のジャズ界を牽引する一人として活躍し、数々の公演や録音などで多くの聴衆に親しまれたのは周知の通りです。
私もNHKの衛星第二放送の『軽音楽大全集』でジョージ川口さんや前田憲男さんらとともに演奏するようすなどを視聴したものでした。
ところで、私が猪俣さんの演奏を直接鑑賞したのは、1995年4月28日(金)のNHK交響楽団の第1261回定期公演でした。
このときは、前半にラロの歌劇『イスの王様』序曲、アンヌ・ケフェレックを迎えてのサン=サーンスのピアノ協奏曲第2番が演奏され、後半にバーンスタインのミュージカル『ウエスト・サイド・ストリー』の「シンフォニック・ダンス」が取り上げられました。指揮はロレンス・フォスターでした。
猪俣さんはこの公演にドラムスとして客演され、舞台下手奥の打楽器の席に特別に設けられた雛壇の上で、歌うように軽やかにドラムやシンバルを叩いていました。
今でこそ異なる分野の演奏家がある時は交響管弦楽に、ある時はジャズに、またある時は吹奏楽に出演することは珍しくありませんし、こうした横断的な演奏がその分野の従来の奏者に新たな刺激を与えることも広く知られるところです。
一方、1995年当時は一部にこうした試み話されていたものの、各楽団の活動の中心となる定期公演や定期演奏会で異なる分野の奏者を招くことは例外的なものでした。
そのような状況の中で猪俣さんを招いたNHK響は意欲的なものでしたし、自らの公演で交響管弦楽の作品を取り上げることがあったとはいえ、定期公演に登場したということは猪俣さんの挑戦心の高さを示すものでした。
何より、躍動感あふれるフォスターの指揮に応じるかのように寛いだ雰囲気とともに旋律のかすかな揺らぎを当然のように作り上げていた猪俣さんの姿は大変印象的であり、この日の公演の深い思い出として今でも鮮やかに蘇えるものです。
視界を代表するとともに、多分野で活躍した猪俣猛さんのご冥福をお祈り申し上げます。
<Executive Summary>
Miscellaneous Memories of Mr Takeshi Inomata (Yusuke Suzumura)
Mr Takeshi Inomata, a drummer, had passed away at the age of 88 on 4th October 2024. On this occasion, I remember miscellaneous memories of Mr Inomata.