尹錫悦大統領による非常戒厳の失敗はいかなる意味を持つか
12月3日(火)、韓国の尹錫悦大統領が非常戒厳を宣言したものの国会の要求を受け入れ、6時間後に解除を決定しました[1]。
今回は野党が過半数を制する国会が正常に運営されず、尹大統領は「野党多数の国会が行政まひさせた」として非常戒厳を布告しました。
しかし、国会を封鎖するはずの軍隊の対応が完全ではなかったこともあり、国会には定数300人のうち190人の国会議員が集まり、その全員が非常戒厳の解除要求の決議案が可決され、軍は国会から撤退しています[1]。
1987年の民主化後初めての非常戒厳は、こうして終息したものの、大統領による国家の転覆ともいうべき措置が韓国の国内外に与える影響は大きなものです。
韓国では野党が国会の過半数を占め、しばしば弾劾訴追を行うことで国政の停滞が生じて来たのも事実です。
そのため、状況を打開するため、最後に残された手段として非常戒厳を布告したものの、実際には動員された軍が戒厳司令部の命令に背いて本会議場に入った国会議員を逮捕しなかったことが、尹大統領の失敗に繋がりました[2]。
ここには、非常戒厳の正当性に対する軍の懐疑と、現状を打開するためには非常の措置も辞さないという尹大統領の思惑との相違が推察されます[3]。
あるいは、尹大統領による野党への批判が国民の支持を得られなかったことが、国会前に多くの国民が集まって非常戒厳への反対を訴えることに繋がり、これが国会議事堂に展開していた軍の士気を弱める結果に繋がったとも言えるでしょう。
それとともに、キャンベル国務副長官が尹大統領による非常戒厳を誤った判断であったと批判したように、韓国に対して大きな影響力を持つ米国の賛同を得られなかったこと[4]も、今回の結果をもたらす一因でした。
こうした一連の動きによって、尹大統領の求心力は低下し、その政権運営はますます難しさを増すことになります。
結果的に、野党が提出した大統領弾劾決議案が可決される前に辞任を余儀なくされるか、与党議員の一部が賛成に回ることで可決に必要な在籍議員の3分の2以上の同意を得ることで議案が可決される可能性が高まりました。
いずれの場合も日米との連携を重視し、北朝鮮に対する強硬な姿勢を示してきた尹政権の対外政策の転換は不可避であり、日本にとっては外交上の大きな痛手となります。
一方、来年1月に就任する米国のトランプ次期大統領にとっては、第一次政権時に推進した北朝鮮への宥和政策を再開するためには対北朝鮮強硬派の尹大統領の存在は、米朝交渉の妨げになり得るものです。
その尹大統領が退陣すれば、トランプ次期大統領にとって対北朝鮮政策の障壁が一つ取り除かれることを意味します。
従って、今回の非常戒厳の宣言と解除とがもたらす影響は、韓国だけに留まらず、日本や米国などの関係諸国の今後の対外政策をも左右するものです。
それだけに、これからの韓国政界の動向には、一層の注意が必要となることでしょう。
[1]韓国大統領の弾劾案提出. 日本経済新聞, 2024年12月5日朝刊1面.
[2]国会で「解除」決議. 日本経済新聞, 2024年12月5日朝刊3面.
[3]社会変化、軍統制できず. 日本経済新聞, 2024年12月5日朝刊11面.
[4]US says South Korea's Yoon badly misjudged martial law declaration. Reuters, 4th December 2024, https://www.reuters.com/world/us-says-south-koreas-yoon-badly-misjudged-martial-law-declaration-2024-12-04/, accessed on 5th December 2024.
<Executive Summary>
What Is the Meaning of President Yoon's Declaration of Martial Law and Its Consequence? (Yusuke Suzumura)
South Korean President Yoon Suk Yeol declared Martial Law on 3rd December 2024 and withdrawn the declaration in the following day. On this occasion, we examine the meaning of a series of events and its impact to the Republic of Korea, Japan and the USA.