「紅白」の可能性と限界を示した第75回NHK紅白歌合戦

2024年12月31日(火)に放送された第75回NHK紅白歌合戦は、関東地区における総合テレビの平均視聴率が、第1部で29.0%、第2部が32.7%となり、前年比で第1部が増減なし、第2部が0.8ポイント増加し、第1部は一昨年と同じく1989年以降で最低の数値、第2部は過去2番目の低さを記録しました[1]。

過去2回にわたり、TikTokでの再生回数の多い歌手やグループを起用したものの、TikTokの利用者がテレビの視聴者の主たる層ではないという、供給と需要の齟齬により、視聴率の回復に寄与しませんでした。

この点を反省したのか、今回は2025年3月22日に日本におけるラジオ放送が始まってから100年を迎えることを踏まえた「放送100年特集」を組んだり、2010年代末から世界的に流行している日本のシティ・ポップが持つ楽器の生演奏という特長に連なる歌手やグループを多く起用するなど、新機軸が取り入れられました。

特に、1988年の結成以来初めて紅白歌合戦に登場したB'zが、事前に収録した映像から会場であるNHKホールでの生演奏へと移る演出は、その歌唱と演奏の完成度の高さと相まって、今回の放送の最大の見どころの一つとなりました。

あるいは、2年ぶりに出場した氷川きよしの円熟味を増した歌唱や白組の最後に登場した福山雅治の泰然とした司会者とのやり取りと洗練された歌とギターの演奏なども、音楽界の第一線で活躍する人たちが集まる場としての紅白歌合戦にふさわしいものでした。

その一方で、「放送100年特集」といいつつ、実際には教育テレビの『おかあさんといっしょ』やフォークソングの特集などに留まったことは、一面において子どもを持つ家庭や現在では紅白歌合戦に出場する機会のないフォーク歌手に焦点を当てた、斬新な視点ではあるものの、他面では第1回の放送がラジオを通して行われたという番組の来歴を強調することがなかったために、企画の正当性が損なわれることになりました。

また、初出場の歌手の歌唱中に作詞者と作曲者が背後に登場したり(新浜レオン)、歌の内容とも番組の趣旨とも関係のないドミノ倒しを行ったり(水森かおり)、けん玉を行ったりすること(三山ひろし)は、本来であれば自らの歌唱に集中すべき歌手の注意力を削ぐだけでなく、視聴者の興味や関心を惹起することがないという点でも、依然として不要な企画が続いていることを示します。

もちろん、演歌や歌謡曲は視聴率を獲得することが難しいため他の企画と組み合わせることで視聴者の注意を引き付けようという意図であり、歌手自身は納得したうえで受け入れたものであるかもしれないものの、過剰な演出がかえって一人一人の歌手の魅力を損なうことに変わりはありません。

何より、「パフォーマンスに期待しましょう」「どのようなパフォーマンスになるでしょうか」と司会の中でさかんに「パフォーマンス」という言葉が用いられたことは、紅白歌合戦の制作者が歌手の歌唱を背景とし、その他の付随的な要素を重視していることを推察させます。

その意味で、今回の紅白歌合戦は、意欲的な試みが番組本来のあり方への回帰を志しつつ、旧来の悪習を一掃するに至っておらず、今後の方向が定まっていない不安定な時期にあると言えるかもしれません。

[1]紅白視聴率、関東32.7%. 日本経済新聞, 2025年1月3日朝刊22面.

<Executive Summary>
The 75th NHK Kohaku Utagassen Shall Showed Its Possibilities and Limits (Yusuke Suzumura)

The 75th NHK Kohaku Utagassen, Red and White Singing Contest, was held on 31st December 2024. They showed that they were entangled with the evil habits, an excessive staging.

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