【追悼文】ステファン・グールドさんについて思い出すいくつかのこと

9月19日(火)、米国のテノール歌手ステファン・グールドさんが逝去しました。享年61歳でした。

ボストンのニューイングランド音楽院に学び、シカゴ・リリック・オペラなどで歌劇への出演を重ねた後に7年にわたってミュージカル『オペラ座の怪人』に出演し、再び歌劇界に活動の場を移すという経歴は、二つの分野の間の垣根が高く溝も深いことを考えると、委嘱と言えるものでした。

一方、歌劇の世界に戻ってからは、力強く、劇的な歌唱によりウィーン国立歌劇所をはじめとする著名な歌劇場でワーグナーの作品を中心に活躍し、2015年にはオーストリア政府から「宮廷歌手」の称号を授与され、現代を代表する歌手の一人となったことは広く知られるところです。

私も種々の録音や、とりわけ毎年12月にNHK FMで放送されるバイロイト音楽祭の特集を通してその歌声に親しんできたものです。

特に、2006年の新国立劇場で上演されたベートーヴェンの歌劇『フィデリオ』はグールドさんがその持ち味を遺憾なく発揮し、おおらかで迫力があり、しかも全身から発散されるある種の凄味は、聴覚の面でも視覚の点でも、聴衆の注意を惹きつけて離さないものでした。

その後、2018年に新国立劇場開場20周年記念として『フィデリオ』が上演された際にも再び登場したグールドさんの様子は、この年の8月3日(金)のNHK FMの『オペラ・ファンタスティカ』で聴取し、その歌唱の充実ぶりを堪能したものでした。

この時の公演は飯守泰次郎さんが指揮し、『オペラ・ファンタスティカ』にも出演して司会の室田尚子さんと、『フィデリオ』の持つ魅力や公演の様子などを話されたことは、今でもよく覚えています。

ただ、「健康上の理由」ということで今夏に引退を表明し、予定されていたバイロイト音楽祭も急遽降板したことは、健康状態が優れないことを予想させるものでした。

それだけに急な訃報は大変残念であるとともに、歌劇場を覆いつくすような歌声を二度と会場で直接耳にすることができないかと思うと、哀惜の念を禁じ得ません。

一代の大歌手であるステファン・グールドさんのご冥福をお祈り申し上げます。

<Executive Summary>
Miscellaneous Memories of Mr. Stephen Gould (Yusuke Suzumura)

Mr. Stephen Gould, a tenor awarded the title of an Austrian Kammersänger, had passed away at the age of 61 on 19th September 2023. On this occasion, I remember miscellaneous memories of Mr. Gould.

いいなと思ったら応援しよう!