経営と知財 #3-2 ミクロ知財戦略、契約と同じくビジネスチェックが必要
知財の中でも特に重要な特許権について、基本的な考え方を説明していきます。前回もお話ししましたが、特許権を申請する際の書類には「請求項」というものと、「実施例」というものが含まれています。
今回は請求項を作るときの考え方をより詳細に説明し、請求項と実施例の関係性を解説したいと思います。
(あくまで考え方をお伝えする趣旨ですので、前回の記事も含みこのミクロな観点についての実際の手続き、詳細を知りたい場合には弁理士に相談するようにして下さい)
・請求項における抽象化作業
請求項というのは文章で規定されますが、実施例に記載した実際のモノを抽象化し、概念としてとらえて作成されます。この発明の概念は、いくつかの構成要素からなり、例えば以下のようなイメージとなります。
” 可視光を検出するセンサーと、
センサーから出力されたアナログ信号をデジタル信号に変換するAD変換回路と、
AD変換回路から出力されたデジタル信号を記憶するメモリ
とを備えたデジタルカメラ ”
” 年齢、性別、住所の基礎情報入力する基礎情報入力手段、
基礎情報に基づいてお勧めの商品を決定するお勧め決定手段、
お勧めの商品をスマホの画面で表示するお勧め提示手段
を備えたレコメンドシステム ”
たとえば1つ目の例の場合、センサーの部分はCCDセンサーとかCMOSセンサーとか、実際に製品化する際には何らかの技術で具現化されていくことになりますが、それらをひっくるめて可視光を検出するセンサーとして抽象化しています。
例えば世界で初めてデジタルカメラというものを作ったという前提で考えてみてください。その場合、画像をデジタルで保存できるという価値を守りたいということであれば、何のセンサーかを具体的に記載しない請求項を構築する必要があります。この価値を提供するためには、センサーはCCDであってもCMOSであってもどちらでもよいためです。
この抽象化は、オールエレメントルールに従い他社を抑止するために重要な作業となります。(オールエレメントルールの詳細は前回の記事を参照ください https://note.com/yusuke_kitagawa/n/n8a02970214a1)
・従来技術と請求項
実際には既に世の中にある技術の水準と、提供しようとしている価値によって、この内容や、規定の仕方が変わってきますので、強い権利、良い権利を取得するための最適化はもっと複雑です。
前述の例で、デジタルカメラというモノが既に世の中にある前提の場合で、かつCMOSセンサーを世界で初めて作ったことで提供できる新たな価値を守りたいという状況であったとすれば、センサーの部分をCMOSとして最初から請求項の中に明記し、特許権を取得していくイメージです。
既に世の中にある技術の水準(従来技術)と差が出る範囲で、かつ一番守りたい価値を守るために不要な限定を排除し抽象化していきます。このせめぎ合いで、権利として規定する内容が決まってきます。
・請求項と実施例の関係
次に、請求項と実施例の関係です。請求項において各構成要素が抽象化されていることで、後々争いになった場合に疑義が生じることがあります。
たとえば請求項の構成要素に「赤いフルーツ」と書いてあったとします。かつ実施例には具体的な例として「イチゴ」と「さくらんぼ」が記載されていたとします。このケースで、後発参入の競合他社が「りんご」を世の中に出してきたとします。この場合、オールエレメントルールに従い〇(該当)がつくか×(非該当)がつくかでいうと、リンゴは赤いフルーツに該当し〇がつくと思われる方が多いと思います。
一方で例えば競合他社が「フルーツトマト」を出してきた場合はどうでしょうか。確かにフルーツとはついてるけど、トマトなので野菜だし、、、赤いフルーツに該当するんだっけ?という疑義が生じます。もともと「赤いフルーツ」と規定していた目的が何だったかによりますが、フルーツという言葉が自然食の甘い食べ物であることを言いたかったのだとすると、微妙な状況に陥ります。
争いになった際に負けないようにいくつか対応策が考えられます。一つ目はそもそも前述した抽象化の作業でよく考え表現を失敗しないこと、二つ目は実施例の中に最初からトマトもいれておくこと、三つ目は実施例の中に赤いフルーツというのは糖度が××%以上の食べ物であるといった定義も明記しておくこと、です。
実態としては一つ目はなかなか完璧にすることが難しく、二つ目とか、三つ目のように、実施例にバリエーションを多く含むか、或いは手当ができているかが重要となります。一つ目で失敗したときの次善の策です。
請求項で抽象化された概念がどこまでを含むかを解釈する際、発明申請当時の常識で判定する方法、辞書の定義でフルーツとは何なのか判定する方法、実施例に書かれている内容で判定する方法があります。実施例が充実していると後で有利になることがあります。
・良い権利
権利には、のちのち争いになった場合に「有効性」と「侵害性」の論点がでてきます。ここはより細かく難しい観点になりますので詳細は割愛しますが、有効性というのはこの権利は本当に権利として有効なのか、侵害性は後発の競合他社は本当にこの権利を侵害しているのか、という観点です。
有効性の論点は前述した従来技術と抽象化のせめぎ合いの関係で、誤って従来技術からきちんと差別化できていない権利を取得してしまったときに発生します。一度特許庁に認められて登録特許となったとしても、実は従来技術ですでに世の中に公開されていたりすることがあったりします。
侵害性の論点は、オールエレメントルールと前述した請求項の解釈で発生します。
特許を出願申請する際には、このあたりの問題が後で発生しないようによく練っておくことが重要となります。大手企業だと知的財産部門がここの検討を担いますが、ビジネス上で模倣されたくない価値や、競争戦略にも密接に絡みますのでビジネスサイドからの関与も重要です。
特にスタートアップ企業の場合には知的財産部門がないことがほとんどですが、特許事務所に任せておけばよいやというスタンスでいくと後で痛い目を見ることがありますので、積極的に弁理士と議論し事前に不明点はつぶしておくようにしましょう。
専門的な部分は弁理士に任せつつ、ビジネスサイドからもしっかり関与していく姿勢が重要です。