見出し画像

数学と証明と物語と。【第2話】フェルマー数

放課後、数学研究部の部室にやってくると明人がいた。机に向かって一心不乱に数式を書いている。そんなに必死になってどんな問題を解いているのかと思ってノートを覗いてみた。いくつかの数式が見える。フェルマー数と格闘しているらしい。

次の形の数をフェルマー数と呼ぶ。

$$
F_{n}=2^{2^{n}}+1 \;\;(n=0,1,2,3,\cdots)
$$

フェルマー数はとても魅力的な数だ。なぜならピエール・ド・フェルマーを感じることができるから。私たちが数学に触れる時、数学の歴史にも触れることができる。その瞬間が大好きだ。数学という長大な物語の一部になれた気がする。その瞬間を常に感じていたい。

邪魔するのも悪いと思い、私は声をかけずに自分の席に座った。これも優しさだ。誰だって集中しているところを邪魔されるのは嫌なはず。私だって嫌だ。特に数学の邪魔をされるのって最悪かも。そうは思わない?

私はいつものようにA4のノートを広げた。まっさらなページが目の前にある。ワクワクする。私はこのページに何を書いてもいい。とりあえず日付を書く。いつも通り綺麗な字。

今日は明人にならってフェルマー数と遊んでみる。

フェルマー数 $${F_{n}}$$ が互いに素であることを証明しようかな。

$$
F_{n}=2^{2^{n}}+1 \;\;(n=1,2,3,\cdots)
$$

つまり、次のようになることを証明する。

$$
(F_{m},F_{n})=1\;\;(m>n)
$$

ここで $${(F_m,F_n)}$$ は $${F_m}$$ と $${F_n}$$ の最大公約数とする。

【証明開始】まず次のようにおく。

$$
(F_{m},F_{n})=k\;\;(m>n)
$$

フェルマー数はすべて奇数なので(つまり $${F_m}$$ と $${F_n}$$ は奇数なので)、$${k}$$ も奇数になる。

また、次の合同式が書ける。

$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
F_n &\equiv& 0 \pmod k \\\
2^{2^{n}}+1 &\equiv& 0 \pmod k \\\
2^{2^{n}} &\equiv& -1 \pmod k
\end{array}
$$

両辺を $${2^{m-n}}$$ 乗する。

$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
(2^{2^{n}})^{2^{m-n}} &\equiv& (-1)^{2^{m-n}} \pmod k \\\
2^{2^{m}} &\equiv& 1 \pmod k
\end{array}
$$

一方で、次の合同式も成り立つ。

$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
F_m &\equiv& 0 \pmod k \\\
2^{2^{m}}+1 &\equiv& 0 \pmod k \\\
2^{2^{m}} &\equiv& -1 \pmod k
\end{array}
$$

ここで $${a \equiv b \pmod n}$$ かつ $${a \equiv c \pmod n}$$ のとき、$${b \equiv c \pmod n}$$ となることを利用する。

つまり $${2^{2^{m}} \equiv 1 \pmod k}$$ かつ $${2^{2^{m}} \equiv -1 \pmod k}$$ のとき、$${1 \equiv -1 \pmod k}$$ となる。

$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
1 &\equiv& -1 \pmod k \\\
2 &\equiv& 0 \pmod k
\end{array}
$$

この合同式より、$${2}$$ を $${k}$$ で割り切れることが分かる。つまり、$${k}$$ は $${1}$$ か $${2}$$ であるが、$${k}$$ は奇数であることが分かっているので、$${k=1}$$ である。

したがって $${F_m}$$ と $${F_n}$$ の最大公約数は $${1}$$ である。

$$
(F_{m},F_{n})=1
$$

以上より、フェルマー数は互いに素である。【証明終了】

よし。無事に証明できた。たぶん合っている気がする。間違っていたら誰か教えてほしい。今日も楽しく数学ができた。毎日が数学によって彩られていく。数学研究部に入って本当に良かった。こんなに数学と楽しく遊べるなんて最高の人生。

私は帰り支度を始めた。もうそろそろ5時のチャイムが鳴る。素数の音。

「終わった?」

荷物を持った明人が声をかけてきた。珍しい。どうやらもう帰るらしい。

「終わったよ、フェルマー数が互いに素であることの証明」

私は笑顔で答える。

「へえ、おもしろそう」

明人は感情の籠っていない声で言った。明人の表情は読み取りにくい。言動や顔に生気というものが全く感じられない。だけど悪い奴じゃない。純粋に数学が好きな青年である。

「教えてあげよっか? 一緒にスタバでも行く?」

私が冗談半分でお誘いすると、明人は小さく頷いた。

「行く」

「ホントに?」

驚いた。珍しいこともあるものだ。明人がこんなにノリが良いことなど一年に一回くらいしかないかもしれない。まだ出会って一か月だけど。

「まあいいけど、じゃあ行こっか」

私と明人は荷物を持って一緒に部室を後にした。

第2話、おわり


参考文献① : 遠山啓『初等整数論』
参考文献② : 結城浩『数学ガール』


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?