『Arctic Eggs』感想:ツルツル滑るフライパンで作る、目玉焼きの両面焼き。SF世界観もセリフもクセになる謎魅力アクションゲーム
「フライ返しをくれ!」と思わず叫んでしまいそうでした。
2091年の南極が舞台。フライ返しは淘汰されてしまったのでしょうか。
ただフライパンを操って、目玉焼きをひっくり返すだけなのに、なぜこうも難しく、不条理で、しかし美しいのか。
世界観、音楽、セリフ、どれもが歪であり、しかし絶妙なバランス。
それらを繋ぎとめるのが、「フライパンで目玉焼きを焼く」という、どうにも地味でシンプルで、根源的な行為。
やればやるほどハマる理不尽なゲーム。それが『Arctic Eggs』でした。
2091年の南極。
主人公はニワトリ職人。
脱出方法を探し求め、空腹な人々に違法に目玉焼きを提供する、というのがこのゲームのテーマです。
なぜ2091年、なぜ南極かはわかりませんが、そこはかとなく伝わってくるのは、やや危機的な食糧不足。そしてそれに伴う、ディストピア的な管理社会。
その中で主人公は、フライパン片手に目玉焼きを作ります。
ゲームはローポリなビジュアルで描かれた世界を歩き回ります。まあだいたいPS1くらいのビジュアルでしょうか。メタルギアソリッド1よりややローポリゴンかなあと思います。
こういったビジュアルとてもいいですよね。そのオブジェクトが何かビビッドに伝わると同時に、描写しきれていないところは想像力が働くので、余計にリアルに感じてしまうというか。
少しテイストは違いますが、『ウムランギジェネレーション』的な印象も受けました。
さて、そんな雰囲気抜群のビジュアルの中で行うのが、違法な目玉焼き提供。
そこここにいる人々に声をかけ、必要な人に目玉焼きを提供します。
このゲームにおいて、目玉焼き完成の定義は「両面焼き」です。
フライパンに生卵が落とされ、片面をじっくり焼き、焼けた時点で「ひっくり返して」反対側の面も焼きます。これで完成です。
この「ひっくり返す」という部分がゲーム最大の特徴で。
なぜかこの2091年南極にはフライ返しなどの調理器具が無く、使えるのは己の手首のスナップのみ。お好み焼きをひっくり返すように、くるっと空中で回転させ、また再びフライパンの上に乗せ、焼く。
これが、このゲームの全てです。
そして重要な点ですが、このゲーム、2091年にフライ返しが無いくせに、なぜか異常なほどフライパンの滑りがよく、ツルツルしています。摩擦係数が無いのではないかと思うほど、ツルッツルです。
ここが非常に難しく、不条理なところ。
ちょっと強くフライパンを動かせば、目玉焼きはすぐにフライパンの外へ飛び出してしまい、やり直し。
難易度は決して低くない、いやむしろ高めのアクションゲームだと思います。
というのも、フライパンの操作はマウスで行うため、僅かな力加減の操作が必要。神経がすり減ります。
ひっくり返そうと思ったら、マウスの動きが大きすぎて目玉焼きははるか遠くへ飛んで行ってしまう。そんな経験を幾度もしました。
クリアできる気がしなかったので、難易度を簡単に変更。
きっと滑りにくくなったりするんだろうなと思ったのも束の間、中華鍋、すなわちフライパンの「へり」の部分が大きく、落ちにくくなったのでした。まあ確かに多少楽にはなったものの、根本的な滑りやすさが変わってしないので、やや易しくなったかなという程度。やはりプレイヤースキルの上達は必須です。
そして、ただ目玉焼きを提供するだけのゲームではないのがなんとも刺激的で強烈なところ。
同じフライパンで、別の食材(諸説あり)も調理しないといけません。
当然ながら、他の食材もフライパンから落としてはいけないというルール。
だから、「目玉焼きをひっくり返そうとしてフライパンを動かしたところ、目玉焼きはちゃんとひっくり返せたが他の食材がフライパンの動きによって落ちてしまった」という状況が発生します。
さらに、この食材が本当に狂気。
序盤、「ベーコン」や、「卵2個同時焼き」などの調理を行っていたころはまだ平和でした。
すぐに、「レーション」「タバコ」を同時調理するようになったり、「氷の入ったコップ(氷をこぼして蒸発させてはいけない)」、「瓶に入った酒らしき液体(一滴もフライパンの外に出しちゃダメ)」とか、さらには「銃弾(フライパンの熱で温まると爆発する)」などもフライパンの中に投入されることとなり、SF具合がどんどん濃くなっていきます。
そのような狂気の食材たちも含め、ただひたすら目玉焼きを作る。
上達していくプレイヤースキルに対し、無理難題的な食材。
一部「運ゲー」的な部分もあり、色々な要望に応えるにはなかなか時間がかかりますが、しかしなぜか延々と繰り返してしまいます。
それこそ、ローポリゴンなビジュアルや絶妙に難しいフライパン操作もありますが、そのメインコンテンツを包み込む「世界観」、そしてそれを構成する「セリフ」と「音楽」。これが非常に良かったです。
出会う人々との会話は、断片的にこの世界のことを知ることが出来る内容もありますが、他にも哲学的であったり情緒的であったり。
現実味があまりないのがとてもいいですね。このあたりは、2091年という世界を、抽象的に描いており、プレイヤーの想像が膨らむところでした。
また、音楽も最高。フュージョンというかジャズというかアンビエントというか、強いビートがある曲ではなく、音楽としてもどこか掴みどころのない感じが、この世界観醸成に大きく役立っていました。とは言えめちゃくちゃかっこいいんです。
特に、何らかの強調されたメロディを繰り返すような作りではなかったところが、延々と高難易度目玉焼き作りに没頭できる丁度よさでした。いつまでも聞いていられる心地よさと言えると思います。
本日(2024/5/18)時点ではまだsteamでOSTは発売されていませんが、サブスク等で聞けるようです。本当に良い。
ほんと、シンプルに言えば「ディストピアっぽい未来SFの世界で、マウスを使って難しめの調理型アクションを行うゲーム」であり、そもそもこの世にあるゲームの中ではかなり尖っているゲームです。
色々と変わった食材もありますが、ゲーム性はシンプルですし、クリアまで大体3~4時間程度でしょうか。
ラストのステージに行くには一定の人数への目玉焼き提供(=一定のステージ数のクリア)が必要ですが、これは全ステージの数では無いため、どうしても苦手なステージを回避できるということでもあります。
そのあたりは優しさを感じます。
つまり、尖っていてシンプルで、難しいけどある程度の救済措置もある。
奥深いと言えるかどうかは微妙ですが、しかしなんでしょうか、世界観の作り込み、特にセリフかと思うのですが、非常に独特でエグみのある、癖のある演出がされていて、どうにもこうにも心が惹かれてしまうのです。
先のように、シンプルにこのゲームの説明は出来るのですが、この謎の魅力は何とも説明できません。
こればかりはぜひ一度遊んでみていただきたいです。
個人的には、全く万人受けしなさそうなコーティングをされたゲームですが、実は結構万人に受けそうなゲームでもあると感じています。
昨今のAAAタイトルのような(主語が大きすぎますが)、細かい設定や調整は不要。己の腕と運で切り開く目玉焼きは、誰でもその面白さにダイレクトに触れることが出来ます。
だからこそ、繰り返しになりますがぜひ体験していただきたい。
奇妙で、不条理で、難しくて、不気味で、でも普遍的な目玉焼きを作る。
そのミスマッチさに美しさこそ感じてしまう『Arctic Eggs』、お勧めできるゲームです。