【レビュー】岡野大嗣『うれしい近況』(太田出版)
昨年の5月に発表した「ジングル」(橋爪志保、なべとびすこ、志賀玲太、貝澤による短歌同人)の創刊号で、岡野大嗣さんの作品を論じる文章を書きました。「ジングル」は短歌にあまりなじみのない読者の方も想定して作った本でしたが、そうした読者がこれから短歌に触れると考えたときに、やはり一番手に取りやすい歌人が岡野さんだと思ったからでした。
その論では、(細かいことは「ジングル」を読んでいただけるとうれしいですが)岡野さんのデビュー作である『サイレンと犀』には〈死〉のモチーフが頻出すること、第二歌集『たやすみなさい』になると〈死〉の描かれ方がライトになり、第三歌集『音楽』では〈死〉は〈生〉を歌う方向に置き換えられていること、そして、そうした変化は岡野さんがほとんど意識的に取り組んだものではないかということ、を書いてみました。昨年発表された第四歌集『うれしい近況』では、『音楽』の世界観をある程度引き継ぎながら、どのようなモチーフが選ばれるのかという点に注目して読みました。
結論から言うと、『音楽』と『うれしい近況』はほとんど地続きの歌集と言っていいと思います。全体的に素朴な〈よろこび〉や、ちょっとした〈うれしさ〉を歌った作品が多く、うつむき加減になりがちな現代の若手の歌集では例外的なほど明るいイメージに満ちています。複数の歌で〈いい〉〈好き〉〈うれしい〉〈光る〉のような語が素直に用いられている(そして、それが陳腐な印象になっていない)ことは、この歌集の最大の特徴でしょう。
ただし、注意深く読んでいくと、『サイレンと犀』や『たやすみなさい』に見られていたライトモチーフとしての〈死〉を引きずりながら、それを明るい〈生〉の方向へ転換しようとするということが、全体の大きなテーマになっていることがわかります。たとえば、
という歌があって、これは〈犬〉の、まだ来ていない想像上の〈死〉を起点に、自らの〈生〉に思いを馳せるという構造。よく知られた、
という歌では〈きみ〉と〈きみの犬〉の関係性を描いていますが、どちらも〈死〉の裏側にある温かな〈生〉への希求という点で、通じる部分があると思います。
そして、『うれしい近況』を読んでいて思ったのは、『音楽』よりも韻律やリズムがシンプルになったということです。話し言葉が自然に定型に溶け込む歌が増え、技術的にも「上手い」と感じる一冊になっています。