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フットボールの記憶

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#イギリス

Is there a fire drill?

 そこはロンドンの北。地下鉄のヴィクトリア線沿線にあるセブン・シスターズ駅。ロンドンは洗練と異国の香りが共存している街だ。しかし、セブン・シスターズの周辺は丸みを帯びていた融合が刺激へと様変わりする。人々が違う。雑多な音が重なり、その音量も大きい。ヴィンテージデニムのような風合いではなく、煤のような汚れがあらゆる場所に付着している。  僕はホワイト・ハート・レーンを目指す。そこでトッテナムとウェストハムはダービーを戦う。「ボックス型」という言葉通り、そこは箱のようなスタジア

気高きトリコロール

 ウェンブリーの象徴、アーチ。その日、それはトリコロールに染まっていた。  二〇一五年十一月十三日。僕はカーディフにいた。雨に打たれながら、ウェールズとオランダによる親善試合を観戦した。帰路で買ったフィッシュ・アンド・チップス。それを包む紙パックに油の染みが広がる。雨粒がついたプラスチック袋をテーブルに置いた。異国で宿の部屋に身を落ち着けると、錠がかかったように安心が体内を駆け巡る。  テレビをつけた。その音で静寂を埋めたかったのかもしれない。試合の余韻と安心が同居する僕

青と赤に染められたグラスゴー

 銀色の空が頭上を覆う。その下をエスパニョールの青と白、セビージャの赤が差す。グラスゴーへの再訪。半年の間に大西洋を二度も渡るとは思わなかった。モダンな趣と伝統を伝える街。その街も、この日はスペインの情熱によって染められていた。  リヴァプールから夜行バスに乗った。車内に満ちた疲れのようなものを身体はまとう。列車に揺られ、色に導かれた歩みの先にはハムデン・パークがそびえる。空から舞い落ちる雨。それは、三色からほとばしる熱と明確な対比を生む。しかし、その熱が失われることはない

中村俊輔がかけた五秒の魔法

 普段よりも空気の密度が高く感じられた。日差しが照りに包まれていた。人々のざわめきもウィンドチャイムのような音色を耳に残す。  大西洋を越えて、僕はセルティック・パークにいる。画面越しに見た熱狂の舞台。世界の広さと狭さを同時に感じた。照明を受けて輝く緑色の芝生。その一本一本が呼吸をしている。青さをも帯びる鮮やかな緑。この日、僕は本物の緑色と出会った。  あれほどまでに肌触りの良いパスを見たことがない。中央でボールを受けた中村俊輔は左へと流れる。黄色の衣をまとったキルマーノ