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気高きトリコロール

 ウェンブリーの象徴、アーチ。その日、それはトリコロールに染まっていた。

 二〇一五年十一月十三日。僕はカーディフにいた。雨に打たれながら、ウェールズとオランダによる親善試合を観戦した。帰路で買ったフィッシュ・アンド・チップス。それを包む紙パックに油の染みが広がる。雨粒がついたプラスチック袋をテーブルに置いた。異国で宿の部屋に身を落ち着けると、錠がかかったように安心が体内を駆け巡る。

 テレビをつけた。その音で静寂を埋めたかったのかもしれない。試合の余韻と安心が同居する僕の身体。そこに新たな感情が差す。パリでテロが発生した。漆黒に灯る街灯や人々の後ろ姿。惨劇の舞台となったバタクラン劇場。そして、フランスとドイツが対戦していたサン=ドニ。

 その試合を観戦することを計画していた。チケットを購入する寸前まで至っていた。この場所にいたのかもしれない。僕は風のような不規則な流れに乗って、この場所に舞い降りただけた。テレビに映る世界の中に、僕の影のようなものを感じる。カーディフとパリの間には約五〇〇キロもの距離が横たわる。しかし、テロの舞台が眼と鼻の先にあることを感じずにはいられない。肌を流れる寒気を感じた後、意識が二分したような感覚を覚える。

 十一月十八日。イングランドとフランスはロンドンで相対した。その場の空気には動揺の粒子のようなものが含まれていた。しかし、それ以上に雄大な勇気と気高さがウェンブリーを支配する。

 フランスのトリコロールは自由、平等、博愛を表す。たなびく三色旗。流れる『ラ・マルセイエーズ』。十一月の凛とした夜気はその場の景観と音色を乗せて、観客の心へと届ける。その特別な瞬間を、僕は忘れないだろう。そして、五年の月日が流れた今、パリ同時多発テロ事件で犠牲となった人々に心からの冥福を祈りたい。

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