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幻想装置との距離の取り方
こんにちは!
子どもにお金にまつわる話をしている、ゆうとすです。
本日は、「幻想装置との距離の取り方」というタイトルなのですが、
身近にある幻想でできたものを整理したいなと思ったので、お話しします。
幻想装置とは
幻想装置とは、
人の脳が作り出した幻想のことで、人が社会を生きていく上で必要なシステムのことです。
たとえば、
国、法律、貨幣はその典型で、
実在するものではなくて、ボクたちの頭の中に信じ込んでいるものに過ぎなかったりします。
「え、お金ってあるじゃん?一万円札とかさぁ!」
と思われたかもしれませんが、
国がこれはお金ですよ!と認めたもの、つまり信じこませたものが「貨幣」や「紙幣」になります。
国って概念は、一体、どの集団を示すのか?ということを突き詰めても、答えは見てえてきません。
たとえば、
国って、国王さまに国民がいて、コミュニティがあって、住む場所があって、エネルギーやお金が循環するまでを指すのか、
総理大臣や霞ヶ関という存在が国を指すのか?
また、法律はそのコミュニティを運営するためのルールブックだったりします。
もちろん、ルールブックは、国によっても違うし、州によっても違ったりします。
そのため、人の頭の中で作り上げた、国、法律、貨幣などを幻想装置といい、共同幻想とも言われています。
こうした幻想装置が強すぎると、人は生きにくくなったりします。
たとえば、
「会社」という装置に人生を捧げるために生きることが美徳と考える人がいて、
マジョリティが「心臓を会社に捧げます系」だとすると、
新入社員の中では、え、無理。。。となることが平気で起こったりしますし、
ブラック企業は幻想装置の成れの果てかと思ったりします。
幻想装置がない生活
ただ、幻想装置がない生活はどうなのかを考えたいと思います。
人の欲求って、
生き延びたい
とか
死にたくない
っていうことが
一番だと思うのですが、
システムがないと烏合の衆というか、統制が取れなくなってしまいます。
もしかすると、
・性犯罪とされていたことが犯罪にならなくなったり
・独裁者によるはちゃめちゃな奴隷制度ができたり
・外国からの食べ物の供給がストップしたり
・病院での診療が一律に受けられなくなったり
するかもしれません。
当然、逆も然りでめちゃめちゃいい世界ができるかもしれませんが。
どうしたら生きやすいか?
結局、どうすればいいのでしょうか?
幻想装置は大きな枠組みとしてはあるといいのかなと個人的には思っていて、
そこにどっぷりハマり過ぎないことがいいかなと思っています。
どういうことかというと「距離感」の問題です。
対人関係でもそうです。
恋人でも夫婦関係でも、パーソナルスペースみたいなものってあるじゃないですか?
自分の侵されたくないエリアのことです。
そのため、
ステップとしては、
1 幻想装置の存在や作り方を知る
2 自分の好きな濃度で社会に関わる
がいいような気がしています。
ちょっと片足突っ込んでみて、お湯加減が自分に合わなければ、さっと身を引くのも戦略かと思いますよ。
少しでも生きやすくなることを願っています。
それではまた!
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