旅を栖とする私が『奥の細道』を読んで印象に残った句。
こんにちは!自転車で世界一周中ゆーせいです。
日本で一番有名な旅行系インフルエンサー、そう松尾芭蕉。中学生の頃に「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり」と奥の細道の序文を暗唱テストを受けさせられた時にはまったく興味がわかなかったなぁ。俳句なんつーのもよくわからんし。でも、少しは日本の地名も詳しくなったし、自転車で旅行を始めて4年以上、旅人として漂泊している今なら、いくらか共感できる部分もあるかもしれんよなぁ。なんて、ふと思ったので手に取ることにしました。
もちろん、原文を読んで理解できるわけないので、現代語訳が併記された電子書籍を購入。原文をサラッと飛ばし読みしつつ現代語訳版で読んでみました。今回の記事では、私が印象に残ったというか超共鳴した句を共鳴した理由ともに紹介したいと思います。句の解釈は上妻純一郎訳『おくのほそ道 現代語訳付』に準じています。私は俳句も古文もど素人なので、俳句の解釈が全然違う!みたいなこともあるかと思いますが悪しからず笑
笠島はいづこ五月(さつき)のぬかり道
・句の解釈
五月雨が降り続き、雨を凌ぐ傘や蓑が欲しいところだが、笠島というのはどこであろう、このぬかり道で立ち寄れないのは残念なことだ。
・句の背景
平安時代の歌人藤中将実方さんのお墓がある場所が笠島。松尾芭蕉はその笠島のお墓を見に行きたかったけど、雨でぬかるんだ道が歩きにくく、体も疲れてしまったので行くのを諦めて、遠くから眺めた時に詠んだ句。
・共感ポイント
もうすべてに大共感の嵐!!自転車旅行って結構体力を使っちゃうので、行きたい場所全てに行くのって中々難しいんです。ましてそれが疲労が重なっていたり、悪路相手だったりすると尚更です。私が最近、行くのを諦めた場所で後悔が残る場所として強く記憶に残っているのは、南米大陸の最北端コロンビアはグアヒラ半島のガイナス岬です。南米縦断を謳うからには大陸最北端くらいは拝んでおこうと、コロンビアでは珍しい砂漠地帯へ向かいました。想定外の雨に降られ、、、道がぬかるみ、そのぬかるみに自転車のタイヤが巻き込まれて、自転車が30分で数mしか動かないような状態に、、、。
あと数十kmのところでガイナス岬への走行を諦めました。雨季とはいえ、あの雨さえなければ涙。
こちらの動画にて詳細を確認していただけます。
もちろん芭蕉のように、行ってみようか悩んだ挙句、そちらに舵を切ることもなく行くのを諦めるともあります。そうやって、少しばかりの後悔をしながら、自分の体力や天候の状況、季節を考えて旅行を続ける、松尾芭蕉の旅情の表現に心打たれた一句となりました。
あやめ草足に結ばん 草鞋(わらじ)の緒
・句の解釈
贈られた草履の緒に菖蒲(あやめ)を結んでこの度の健脚を祈ろう
・句の背景
仙台で知り合った加右衛門さんが丁寧に仙台を案内をしてくれた。さらにその人が松島や塩竈の場所を自ら描いた絵地図を贈ってくれた。だけでなく、紺の染め緒をつけた草鞋をプレゼントしてもらった時に詠んだ句。
・共感ポイント
こちらも大共感!現地で知り合った方が、いわゆる観光地でなくても地元のお店を案内してくれたり、地元のスポーツゲームを見せてくれたり、案内をしてくれた最後に旅の餞別までプレゼントしてくださることがあります。このありがたさたるや…!
しかも、自転車旅行において靴や衣類は消耗品。いただくことも結構多いんです。しかも、靴って歩き旅ほどじゃないにせよ、かなり酷使するし、衣類と違って何足も持たないので旅を共にする時間が長く、旅の象徴にもなるわけです。元カノと出発前に一緒に選んだ靴のことなんて思い出すだけで涙がちょちょぎれます。ブラジルで友人と一緒にパチモノ専門靴屋で買った1000円ちょっとの激安”ナイキ”のスニーカーが2ヶ月ほどで壊れて笑いあったのも、アトランタで出会った靴の個人輸入をしてる方から売り物にならなかったスニーカーを頂き、その後に通りすがりのアメリカ人に「そのスニーカー超クールだね!」って急に褒められたことも、なぜだか鮮明に思い出します。普段自転車で旅をしている自分ですら、靴に関する思い出がこれだけあるんですから、徒歩で旅行している松尾芭蕉ならよほど印象に残る出来事だったんだろうなぁと想像がつきます。
涼しさを我が宿にしてねまる也
・句の解釈
あるじのもてなしのおかげで、涼しい部屋にくつろいでゆっくりと寝ることが出来ることだ。
・句の背景
尾花沢というところで訪ねた清風という人のところで、その方が旅人でもあって旅の情を知っていたので、長旅の疲れを癒すようにと何日も泊めさせてくれて、もてなしまでしていただいた時に詠んだ句。
・共感ポイント
行く先々で出会った方々の「ゆっくりしていきなよ」ほどありがたいことはありません。何をするでもなく涼しい部屋でダラダラして「ご飯できたよ〜」と呼ばれてご飯をいただく様子を想像すると、まんま旅行中の自分の姿で微笑んでしまいました。
特に、元チャリダーだったりする方はチャリダーが休憩地で何を欲しているのかよく理解されている方も多く、洗濯物出してね〜とか、ご飯たくさん盛り付けといたよ!とか、今日は疲れてるだろうから休んで明日観光に行こっっかとか、何から何までしていただくと、この御恩、どこかで必ず返さねば、、、、という気持ちにもなります。次世代のチャリダーをなんとか応援できるようになりたいですね。
最後に
自分もYouTubeを通して曲がりなりにも表現者として動画を残す立場とすれば、松尾芭蕉は己の旅行を表現に昇華し後世に残すことに成功した大先輩です。そんな『奥の細道』から学べることももしかするとあるかもしれないという淡い期待もありました。
そんな視点から松尾芭蕉の奥の細道を読んで見ると、現代のインフルエンサーと異なる所は、特段キラキラ・楽しいところだけを句にするわけではなく、辛いことや適当なことも、とにかくありのままに表現しているように感じました。だって、ただ涼しい宿でダラダラする様子を自分なら視聴者と共有するコンテンツとして選びません。選んだとしても脚色してちょっとしたイベントを入れ込むでしょう、、、。それが奥の細道ではたった50の句の中の一つに選ばれ、しかもドスレートに「涼しい宿でゆっくり寝られて最高だなぁ」なんて言ってるわけです。いや観光地いけよ!感銘を受けた場所紹介してよ!って現代ならなりそうなもんです。
なるほど、どれほどの脚色がこの奥の細道に入っているのかはてんで検討がつきませんが、奥の細道ってもしかしたらある種のドキュメンタリーとして人気を博したのかもしれません。知らんけど。どストレートな旅ドキュメンタリーの可能性もあるのかな、そんなことを考えました。
それと、俳句の短さ、やはりここには共感するポイントがかなりありますね。私は旅の全日程をyoutubeの動画にしているのではなく、やはりポイントポイントで面白そうなところを抜粋してお届けするようにしています。そのポイントの中でだって、まずは三日間とかの道中を撮影時には3時間の動画素材にカット、その動画素材をさらに15分とかにぎゅっと圧縮して抜き出すわけです。ここ個人的には面白かった場所だけど絵がもたないし、ストーリーが複雑だから泣く泣くカットなんてこともあるんですが、俳句はこのカットのされ方がエグい、、、自分があまりに短すぎて作るのが苦手なYouTubeショート動画を超えて、一言で旅情をガガっと表現する様には脱帽です。だからこそハートに響く俳句が作れるのかもですね。
ただ、一言文句を言うとすれば、これカットされすぎてて、俳句の持つルールや地理の情報が少なからず頭に入っていないと、いまいち俳句の良さって理解できないんじゃないか?ちょっと教養人向けの娯楽に寄りすぎてないか?と言うことです。そう言う意味では現代アートの、西洋を中心としたアートの文脈を理解していないとよく楽しめないみたいな点で似ているのかもしれませんね。現代アート・・よくわからん!みたいな。自分はもっと大衆受けする動画を作りたいなぁ、そしてその先に自分らしさを表現したいなぁ、なんて思ったりもします。
以上、奥の細道を読んでの読書感想文でした!旅人の皆さん、あなたも奥の細道で自分のお気に入りの一句を探してみるのはいかがでしょうか?