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本当はね…

コロナ、オリンピック、地震…

この社会は、この国は、この世界は、どこに向かいたいんだろう…と思うことが山盛り。

ぐるぐる目の前を通り過ぎる。


この先どうなるのか…わからない時代になっているのだなぁと思う。

私たちが子どもの頃は、小中高に何ごともなく当たり前に行くもんだくらいで行って、手に職をとか言われたり、大学行ったら高収入で?とか言われて受験で苦しんだり、それを乗り越えたら勝ち組みたいな感じでいたっけ。社会のレールに乗ってるという自覚なく。誰が作った社会か意識することなく。


それが…

まだそのレールもある。

けど、このどうなるかわからない世界も平行して在る時代…になってきている…。


わたしたちはどう生きるのか。



我が家の子どもたちは学校が嫌で行かなくなったり、自分で時間を決めて行くようにしている。


嫌になるのにはいろいろな理由、体感があったのだろうと思う。

けど、その感覚に正しい正しくないはなく、

ただ、

あった


のだと思う。



で、私の中ではもちろん、私の育ちの中にないことには反応して、違和感も感じて、大丈夫なのか、これから先これで生きていけるのか、たくさん葛藤してきた。正しい正しくないもたくさんして何とかしたい気持ちもたくさん味わった。


けれど、私自身、

自分に出会わなかったことには繋がらなかったし、自分がやりたいことじゃなきゃやらなかった。

人って、一人が全部やるわけではないし、やれるわけでもなく、逆に言えば、

出逢うものに出逢い、そこに生かされ、この命、活かされるだけ。


ならば…


やはり、


生きたいように生きたらいいし、止まりたければ止まったらいいし、

自分の感覚を大切に、

自分と共に 

自分の行きたい方へ


行くのが

自然の流れ


なのではないかと…


そこに至るのです。


だから、本当は、

それのどちらも許す

スペースがあれば、

スペースさえあれば、


自然の中で、植物や動物が育つように、

人は育つのではないかと

思うのです。


だから、本当は、

そんなスペースになっていられたら

思うのです。


今日もいっぱいいっぱいになってしまったけれど😅

いっぱいいっぱいにしてしまうけれど💧


私自身がスペースで在れる

ゆとりを

受容していきたいのです。


どう在ってもいいのですから。

この生命として。

地球にいることを許されているのですから。


自分自身に

まずは愛を…



結局、いつも、ゴールはそこなのです。


💖







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ゆる
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