専門学校入学と性格の変化
僕は保育士養成校に行きたくありませんでした。
では、なぜ学びたかった心理学を諦め、保育士養成校に入学したか。
それは「発達心理学や教育心理学を学べるから」でした。
でも、僕はもっと専門的な応用心理学を学びたかったです。
試験は受けました。
「落ちてしまえばいい」そう思っていました。
しかし、受かってしまいました。
「本当に保育士になりたい人が落ちて、僕が合格するなんて申し訳ない」と喜ぶことはできませんでした。
施設の職員は「受かって良かったね😆」と大喜びでした。
「うん」と返す僕に対しては特に触れることはありませんでした。
入学式、僕は受かってしまった絶望感と試験に落ちてしまった人に対する罪悪感で酷く暗い気持ちでした。
前の記事で心身共に調子を崩した時期から僕は抑鬱状態でした。
未来に対する希望なんて見えやしない。
クラスのHRが終わった後、「私、ひらがなでAって言うの!」と僕に話しかけてきた人がいました。
少し体が虚弱で定期的に欠席をする子で、オタクでした。
初めてできた友達。卒業しても遊ぶような仲でしたが、後に絶交することになります。
女子校だったので女子しかいません。察する方もいるかもしれませんが、皆どこかしらのグループで対人トラブルが絶えませんでした。
昨日BといたCはDと仲良くなったり、4人グループの仲の良さは見た目だけで全員陰で愚痴を言い合っているようなクラスでした。
休み時間は賑やかですが、授業もとても賑やかで教諭に注意された回数は数知れません。
僕は2年の時に失態を犯します。
本来ならば幼稚園実習中のはずが、東京に出かけている投稿をした友人Eがいました。誰しもが疑問に思ったはずです。
僕は名前を伏せて「何で遊んでいるの?実習は?」と壁打ち投稿をしました。しかし、この投稿がEにバレることになります。Eは今まで僕が見たことない姿でキレ散らかしていました。
これを機に、Eは学校に来なくなりました。
実習が終わった皆は「お疲れ様〜!」とお互いを労いました。
しかし、Eがいないことに気づいた人は「Eいなくね?」と言ってましたが、「実習中に体調崩して延長してるんじゃない?」と特に気にかける人はいませんでした。
Eが来ないのは僕のせいだと確信していたので、Eに「あんなこと書いてごめんなさい」と謝罪しました。Eはその時は許してくれました。僕もハラハラしてましたが、許してもらえたことにホッとしていました。
しかし、Eは学校に来ることはありませんでした。
結果、Eは学校を中退することになるのです。僕のせいで。
書き忘れましたが、僕は2年の頃、精神的に追い詰められ首吊り自殺を考えます。
縄ではなく、電気コードをトイレのドアノブにかけて首を通し力を抜いて死のうとしました。
しかし、弱虫だった僕は途中でやめてしまいます。
ここで友人に電話し話を聞いてもらい、心理学が学べる大学に入学する決意をするのです。
周りが就活をしている中、僕は卒業論文をひたすら進めていました。
受験対策ももちろん同時進行で。
結果、大学編入学受験は合格。卒業論文も合格をもらいました。
やっと心理学が学べる…そう思いましたが、高校卒業あたりから専門学校の対人トラブルの精神的ストレスで将来に希望を見出せる僕はどこにもいなくなりました。
大学に通っていても「友人なんかいらない」と心を閉ざしました。
大学で絡んでいた友人とも卒業したら縁を切りました。
大学のワークでやった投影法で分析したら「抑鬱状態で人に心を開かない」という結果になりました。
当時から、精神状態は鬱だったのだなと思いました。
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