「彼ほど頼りになる探偵はめったにいない」
読み始めたころはお元気だった・・
ハードボイルド作家で、直木賞作家の原尞氏が、今年の5月4日に亡くなられたそうだ。享年76歳。
ぼくは、長年の原尞ファンである。しかしファンの割には訃報に気づくのが3か月遅れて、追悼するには時機を逸してしまった。
言い訳をするなら、最新作『それまでの明日』(2018)を読みはじめたのが昨年の11月で、読み終えたのが一昨日だった。読んでいるあいだは、作者が存命かどうかなどはチェックしない。
読み始めたころはお元気だったのに、読み終わった頃は鬼籍に入られていたので、すごーく驚いている。
遅筆の作家
原尞氏は、伝説的な遅筆の作家で、3作目に6年、4作目に9年、5作の今作に14年かかっている。ファンとしても、なかなか新作が出ないので、
などと思ってはときどきネットをチェックしてみると、どうやらお元気そうなのだが、それでも新作は延々発表されないので
と決めつけていた。そう思わせるフシはあったのである。元々、遅筆だった原さんは、なんとかそれを克服しようと苦慮した挙句に刊行した2004年の前作がやや不評だった。
短時間で書く方法を獲得した!
前作のあとがきには、「遅筆を脱する方法を会得したので、今後は、続々と新作を刊行する予定である」と宣言されていた。
と意気揚々記されていた。ところがその後、著者最長の14年という沈黙がやってきてしまう。
この作品『愚か者死すべし』は、おもしろいことはおもしろかったけど、それまでの作品に比べればいくぶん「軽い」というか、さすがに短時間で書いた分、体重が乗っていないような感じがしたことも否めない。
ぼくと似たような感じを受けた読者が多かったようだ。
原さんとしてみれば、せっかく編み出した「執筆方法」の評価がもう1つなので、苦悩したのではないか。じっさい、「第2作、第3作の早期刊行」どころか、14年の沈黙がやってきてしまう。
すべてを捨てて、ふたたび苦悩の日々が始まったことは想像に難くない。僕は、失意のあまり断筆したのではないかと思っていたくらいである。
楽しそうでよかった
ただし、今作の文庫版あとがきには、なぜこれほど執筆が遅れたのかについて経緯が記されているのだが、苦悩の後はどこにもなく、むしろ
と楽しさばかりが強調されている。ハードボイルドの基本は「やせがまん」なので、これでいいのだろう。
職人作家 原尞
原さんは、遅筆なだけでなく「私立探偵 沢崎」というたった一人の男を主人公にした作品しか書いていない点でも目立った存在だ。長編5冊、短編集1冊すべて主人公は沢崎である。
おそるべき遅筆と、ひとりの主人公にこだわりぬいた点をあわせて考えれば、いわゆる「職業作家」と呼べるタイプではなかった。かといってアマチュアと呼ぶにはあまりに手練れなので、
と呼びたくなる。そういう言葉があるのかどうかは知らないが、職人作家という言葉は、原尞のためにだけに存在してもいい。
そういえば、探偵沢崎も、「彼ほど頼りになる探偵はめったにいない」と言われながらも、儲けることを知らない人なので、職業探偵と言うより職人探偵と呼びたくなる男だった。
最後に
それにしても、昨日書いた「心を閉じる」話に通じるのだが、こういう文章を書くのは骨が折れる。
ぼくが心の中で追悼している分にはなんということはないけど、こうしてnoteにアップしてしまうと、削除しない限り残るし、いつか誰かの目に触れるのでつい力が入って
とあれこれ迷う。
中途半端な追悼をやってしまうと原さんに悪い気がするので、今日も書いた文章の半分以上は削除してしまったが、まあこんなところで勘弁してもらおう。
原さん、優れた小説の数々をありがとうございました。
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