見出し画像

EQが上がればすべての問題は解決する

EQという言葉を聞いたことのある人は多いだろう。

知能指数(IQ)に対する「こころの知能指数」と言われるものだ。

「頭がいいだけではだめですよ。こころが大事です」という当たり前のことを強調する新手のコンセプトにすぎないのだろうとこれまでぼくは軽く見ていた。

でも最近、EQについて詳しく知る機会があり、調べれば調べるほどこれが重要なものだとわかってきたのである。

結論から言えば、この世はEQがすべてだ。

人類のEQが上がればすべての問題は解決する。

戦争も気候変動もパンデミックもなんもかんも解決する。

逆に言えば、戦争が起こるのもホロコーストが起こるのも、日韓関係がよくないのも、みんなが小室さんのことばかり気にするのも、変な陰謀論がはやるのも、すべては「EQが低い」からである。

人類の抱えるあらゆる問題は「EQが低い」という1点に集約される。

ぼくがこのnoteでこれまでなんたらかんたらと繰り返し主張してきたことはいまにしておもえば「EQを上げよう」の一言で置き換えられる。

よい未来を創るためには、意識の覚醒もテレパシーも次元上昇も必要ない。EQとは不思議な力でも超能力でもない。自分の感情を客観的に観察し、振り回されないようにするスキルだ。

ちなみにぼくは不思議現象を否定する立場にはないが、たとえそういう現象が存在するとしても今の人間には必要ない。すくなくみつもってもあと800年は必要ない。

いまの人類に向かって「覚醒がどうした、次元がどうした、テレパシーがどうした」と言うのは、野球にたとえるなら、キャッチボールも満足にできない子どもに向かって「バックスイングのときに軸足のひざの外側に重心をのせると体が開いてひねりがゆるくなるので気を付けろ」と言っているようなものである。猫に小判である。

そんなファンシーなことを言うのは人間のEQがもっと上がってからでいい。しかしそれにはあと数百年はかかる。「それじゃあ私が生きているうちに間に合わない」とおもって”あせる”のもEQが低いのである。

つまり今の時点で「覚醒がどうした、次元がどうした、松果体がどうした」といっているのはEQが非常に低いのだ。しかしこう指摘されてムッとするのもEQが低いのだ。

「人間万事塞翁がEQ」である

Forbesに「EQ(心の知能指数)が高い人に共通する5つの特徴」というわかりやすい説明が載っているので参考にしてください。

軽くまとめておくとEQの高い人は

1.批判されても感情的にならない
2.    自分と違うからという理由で、他人を否定しない
3. “聞く力”を妨げる感情を切り離し、相手の言葉に耳を傾ける
4. 厳しいメッセージをきちんと伝える
5. 自分が間違っていたとき、言い訳せず謝罪して、迅速に軌道修正する

このすべてに共通するのは、自分の感情に振り回されないということ。
自分の感情をいったん切り離して客観的に観察できているということである。

この5つにかぎらず、他にもいくらでも考えられる。
たとえば、承認欲求に振り回されないとか

承認欲求に振り回されている人は「自分はいま承認欲求に振り回されている」と気づいていないから振り回されている。
ああ振り回されているなあ・・と客観視できればもう振り回されない。

感情への対処は「気づく」のがすべてであり、エラそうな言い方をしてしまうと、ほとんどの人間は自分の感情に気づかずに振り回されている。

自分に都合のいいことを言われたら簡単に喜ぶ人は
自分に都合の悪いことを言われると簡単にへそを曲げる。
「あなたはEQがが低い」といわれてムッとするのもEQが低い証拠である。

EQの高い人は「あなたはEQが低いですね」といわれてもムッとする前になるほど・・と考えてみる。

べつに冷血人間になれと言っているのではなく、喜んでいるときも悲しんでいる時も怒っている時もそういう感情を見るもう一つの視点を持っておこうということである。

EQが低いままでは、大金持ちになっても、東大に行っても、大統領になっても、問題は解決せず増えていくだけである。

僕は人に接するときには言葉よりも物腰を見ているのだが、今にして思うとあいてのEQを見ていたのだとわかる。

そして塩沼亮潤大阿闍梨のような人を見て感心しているのも、かれが超絶的にEQの高い人だからである。

日本人が空気を読みすぎるのはEQが低いということだ。EQの高い人は、相手がムッとするのがわかっている話題でもおそれずに上手に切り出せる。

EQを上げるにはマントラも瞑想もいらない。
自分の感情をつねに観察するトレーニングを積めばいいだけだ。

それができれば、いま人間が直面している問題で解決できない問題はない。

いいなと思ったら応援しよう!