いいキーボードを買ったことで得た時間
今年、いいキーボードを買った。
それはHHKBという3万以上もするキーボードだ。
「キーボードに3万!?」
と非常に驚かれる方もいるかもしれない。
しかも、このキーボード、一見あまりカッコよくもない。家族には「小学校のパソコン室のキーボード」とバカにされてしまった。自分はレトロな見た目で非常に気に入っている。
自分はガジェットが割と好きなので、その打鍵感にも関心があり、購入してみた。(ちなみに、このHHKBは何故かビックカメラとかの家電量販店には置いていない。)
最初は「え、そこまでじゃね?」という感じだったが、気がつくと、これで文字を打つ快感に目覚めてしまったのだ。スコスコ、と雪の上を歩いているかのような感触がして、非常に気持ちがいい。
ところが問題は、この快感に3万円の価値があるかどうか、だ。
3万円というと、自分がいますぐに思い浮かべたのは、任天堂スイッチだ。Liteなら新品で買っても、ソフトが2本買えるくらいだ。それと比べると、これは必需品ではないし、あくまでパソコンの周辺機器に過ぎないし、これだけで何かすることはできない。
ただ、これは仕事で使える毎日使う道具なのである。その価値は非常に大きい。
昔、西岸良平さんの「三丁目の夕日」という漫画にこんな話があった。
主人公は若い女性と結婚した小説家なのだが、パートナーが料理ができないことにイライラしている日々を過ごしていた。
そんなある日、包丁を研いでくれる研ぎ屋が訪ねてくるのであった。もちろん小説家はパートナーが料理をしないから、お引き取り願っていたんだが、「それは包丁がよくないからだ」と言って、道具が悪いと料理する気も起きないという理屈を説明し、小説家の家の包丁を研ぐ依頼を受けるのであった。
小説家は研いでもらった包丁を受け取ると、何か切ってみたくなり、キャベツをザクザク気持ちよく切るのであった。しかし、どんどん切れて楽しいものの、切った後は困ってしまい、キャベツ炒めを作るのであった。
その後、月日は流れ、その小説家は料理好きになって、料理関係の本まで出してしまうのであった。というオチの話だ。
この話はうまくできているものの、ここで起こっていることは、「目的より先に良い道具を渡されて、それを使う方法を探してみたら、楽しかった」ということだ。
いい道具というのは使いたくできているものである。なんとかして、この道具を活躍させてみたいと思うものである。
自分にとって、HHKBはそんなものなのではないかと願っている。HHKBを使うと、仕事時間やこうやって何かを書いている時を楽しい時間に少しだけ変えてくれているような気がする。自分をいいところに連れて行ってくれそうな気がする。
そんなことで、自分はこの買い物に非常に満足している。
ちなみに電池式なので、ずっと使い続けられそう。
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