引っ越しと料理と
3月になったということは、葉山町に引っ越してから丸3ヶ月経ったということになる。庭の片隅のフキノトウは随分成長したし、今朝は思わぬところから小さな水仙が一輪、遅れて咲いているのを見つけた。そして家を揺らすような強風の吹く夜。一気に春がやってきて、まだ心が追いついていない。
新しく越してきた家は、とにかく良く冷える家だった。
築70年越えの平家で、家の真ん中に長い廊下がある。ちびまる子ちゃんの家のように、昔はこの廊下に黒電話が置かれていたに違いない。この寒い廊下で、夜な夜な長電話をした人もいるんじゃないかな、と妄想する。かなりリフォームされてはいるけれど、ところどころに今まで住んできた人たちの、暮らしの歴史を感じることが出来る、素敵な家だ。とても気に入っている。すっごく寒いけれど。
引っ越して間もない頃は、台所で小さな灯油ストーブをつけると、そこが1番暖かかったから、隣に椅子を持ってきてそこで本を読んでいた。温かいお茶を飲みながら、のんびりと里芋が煮えるのを待っていた時、急に「あ、ここで暮らし始めたんだ」という実感が湧いてきた。新しい家と握手をした瞬間。そして丁寧に料理をすることの大切さを思い出した時でもあった。
大根のすべすべした肌や、鍋のクツクツと煮える音、卵の元気をくれる黄色。目の前のことに意識を向けて、五感を使って料理をしたことで、引っ越しでドタバタとした非日常だった心が、ようやく地に足をつけることが出来たのだと思う。
そこから料理に凝りだした。
1月の間は、毎日じっくりと料理本をよんで、そこに書いてあることを端から順に実践したりしていた。
きっかけはこの本だった。
「レシピを見ないで作れるようになりましょう」有本葉子
有元葉子さんの本は、今まで知らなかった料理のちょっとしたコツが散りばめられている。本当に些細なこと、例えば野菜をキチンと冷たい水に晒して、細胞まで充分に水を含ませておくと、炒めた時に焦げにくいとか、もやしの髭根を丁寧に取り除くと、臭みが無くなるとか。
こういうことを黙々とする時間に、幸せを感じるようになった。1月は大切な人の訃報が続いたから、料理をすることで気を紛らしている部分もあったと思う。
20代の頃は、ガラスでモノを作るということが、人生で何よりも優先順位が高かった。料理は時間があればやるけれど、いつも少し面倒だなという気持ちがあった。面倒くさいという気持ちって、クリエイティブから最も離れた心持ちだと思う。生活が荒むと仕事だって上手くいかなくなる。まぁ今も疲れてしまって面倒だと感じるときは、多々あるけれど。そういう時に無理をせずに、サッと作れるレパートリーが増えたということは、歳を重ねてきた良いことの一つかもしれない。
料理の本はいろいろと持っているけれど、流石に一冊まるごと、全てのレシピを作りきったことはない。この本に書かれているレシピを全部作ってみることが、最近のひそかなチャレンジでもある。