犠牲
「未来のことを考えると死んでしまうので、未来のことを考えないようにしていたら、だんだん未来のことが考えられなくなってきました。」
私がそう言うと、医者はスクリーンを見つめたまま「それでいいんじゃない?」と言った。
「でも、未来のことが考えられないと困るんです。ただ一瞬一瞬の今を生きているだけで、買い物にも行けないし食事も作れない。」
医者は私の言葉を無視して、「薬出しとくからまた来週来てね」とだけ言った。
私は一瞬一瞬の今を生きるしかなかった。やがて時間の感覚も、日付の感覚もなくなって、ただ一瞬一瞬をたゆたうだけになった。
いつの間にか、私は大洋に流される一匹のくらげであった。一つ一つの波を感じる以外に、私にできることはなくなっていた。