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【短編小説】不器用な僕の、雪の笑顔は君だった。

エンジンに差した鍵を回すと、エアコンの吹き出し口から冷たい風が容赦なく噴き出す。
中古車で購入されたこの社用車は既に15万キロを走っており、エアコンが温かい風を出すにはまだ数分はかかるだろう。

昨日からの大寒波で雪が降りしきる光景を、冷蔵庫のように冷たい車内から眺めながら、僕は車内が温まること以上に待っていることがあった。

「先輩、すみません。忘れ物がなかなか見つからなくて。」
そう言いながら浅香あさかが助手席の扉を開け声をかけてきた。
「先輩を待たせるなんて言語道断だぞ。しかもよりによってこんな寒い日に。」
「本当、すみません。お詫びに、よかったらこれあげます。」
“忘れ物”と一緒に抱えていた荷物の中から、浅香は350mlのペットボトルを差し出してきた。
ありがたく受け取ると、凍えそうな指先から熱が伝わってくる。
「ありがとう。早く乗ってシートベルトしろよな。待ち合わせに遅れるだろ。」
「大丈夫ですって。まだ十分に時間はあるんですから。」
「俺は先方との待ち合わせの10分前には着きたいの。」
「この時間は道も混まないですし、大丈夫ですって。」
小言を言う僕を宥めるように語りかけながら、浅香はゆっくりとシートベルトを締める。
なんでだろう。
浅香といるといつもペースを乱される。
「……俺、ホットレモンあんまり飲まないんだけど。」
浅香に渡されたペットボトルを運転席の窓側のペットボトルホルダーに差し込みながら、弱々しく小言を言い返す。
「先輩、缶コーヒーよく飲んでるから。」
「飲んでるの知ってて、なんで違うものにしたんだ?」
「鈍感ですねー。毎日飲んでるから、やめたんですよ。」
「なんでやめたんだ?」
「お昼休憩に1本飲んで、それから1時間も経ってないのに2本目を飲むのはカフェインを摂取しすぎです。それに商談前は『トイレに行きたくなると困るから〜』ってコーヒー飲まない人に温かい缶コーヒー渡しても意味ないじゃでしょ?」
「確かにな。それにしても、なんでホットレモンなんだ?」
俺の問いかけに浅香は少しだけ表情を変える。
「もし先輩が『俺はいいからお前が飲めよ』って言った場合を想定して、私が飲みたい物にしました。」
なるほど。狙いはそこだったわけか。
「全く……時間がないって言うのによくそこまで考えるよな。」
「1番は先輩の体を思ってですからね?カフェインの取りすぎには注意してくださいね。」
「いいんだよ、俺は。人の心配なんかいいから自分の体調の方を心配しろよ。」
結島ゆいしま先輩は本当に鈍い人ですね。鈍感。」
浅香がはぁと吐き出した息が白くため息へと変わった。
「俺が優しいからって、言い過ぎだぞ。」
「いいじゃないですか。私と結島先輩の仲なんですから。」

“私と結島先輩の仲”か。
僕は無意識にはぁと息を漏らす。

7年前に就職した職場は、僕の地元から電車で1時間以上離れた場所にある。
社長が1代で築き上げたこの会社の従業員は、社長夫妻を合わせても36人と小規模だ。

その小さな民間会社に、まさか中学時代の後輩、しかも部活のマネージャーだった浅香が入社してくるとは思いもしなかった。

地元が同じと言うこともあり、浅香の教育係を任された。
教育期間が終わり浅香が独り立ちした後でも、僕達がバディのように仕事をすることは必然的なことで、一緒に営業に回ることも多く今日も新規の顧客とのアポイントメントをとっていた。

一緒に働き始めて、かれこれ5年が経ったのか……

物思いに耽っていると、急にラジオの音が大きくなった。
『続いてはラジオネーム雪だるまさんから頂いた、雪が降ると聞きたくなるリクエスト曲です。』
あまりの大音量に肩がビクッと上がる。
犯人はもちろん、1人しかいない。
「びっくりした。こんなに大きいとナビの音が聞こえないだろ。」
「私が案内しますから大丈夫ですよ。大体の場所ならわかってますから。」
子生意気なことを言うようになった後輩に頭を悩ませる。
中学生以来の仲だとしても、あまり舐められてもらっては先輩の立場がない。
たまには先輩らしく言い返してやりたいが、実際のところ浅香は仕事をそつなくこなし、会社としてもかなりの戦力として働いている。
2年先に社会人になっていた僕の仕事と同等のことをこなすこともできるわけで、僕の取り柄は“2年早く入社した先輩”という肩書きだけになってしまったわけだ。
そう思うと、気が弱い僕は何も言い返せない。
「まぁなんでもいいけどさ。ちゃんと案内しろよ。」
「大丈夫ですって。私先輩と違って方向音痴じゃないんで。」
流石にこれは言い返そう。
「お前なー……」
口から出かかった言葉は、ラジオから流れてきた曲のイントロにかき消された。
メロディを聞いた瞬間、言葉が喉に詰まる。

大好きだった。

何度も聞いた。

何年歳を重ねても大好きな、冬の曲ーーー。



こんばんは、移常 柚里です。
昨日から「大寒波にご注意ください」と言う言葉を何度も耳にします。

今朝外に出たら案外寒くなくて「なんだ、こんなものか。」と思っていたのも束の間。
家に帰る頃には暴風が吹き荒れ、家の中にいても換気扇がものすごい音を立てて回っています。

なんとなく心がざわつくような気がするこんな日に限って、家には私1人。
最近使っていなかったイヤホンを引っ張り出して、温かいコーヒーを淹れ、音楽を聴きながら、小説を書いています。

最近発掘したアーティストの曲や、冬になると聴きたくなる曲。
今回の小説の題材になっているBUMP OF  CHIKENさんのスノースマイル。

明日の朝は辺り一面雪景色になっていることでしょう。
朝から雪かきをしないといけない。そんな予感がしています。

皆様、ぜひ温かくして体調を崩さないようお過ごしください。


この小説の続きを書こうかと考えていましたが、あまりにも寒いので早々と布団に潜り込もうかと思います。

それでは、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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