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【短編小説】夜景のみかた

23:30

観覧車の電光掲示板に照らし出されたその数字は、夜景の一部と化す。


都会の煌びやかな夜景を共に見るような彼女か、はたまたいい感じの相手でもいればいいのだけど、残念ながら今日は1人だ。

いや、正しくは「今日も」か。


そういえば同期の坂下サカシタが、
「彼女へのプロポーズに夜景の見える高級レストランを予約したんだ」
と自慢げに話していたのはもう2ヶ月も前のこと。

その話を聞いた1週間後に急遽同期会をすると飲み会に誘われ、僕はてっきり結婚を祝う会が開催されるものだと思っていた。

急な招集だったため、近場で買える少し高めのワインを450円のオプションで綺麗に包装してもらい会場に向かった。

少し遅れて会場に到着し案内された個室の扉を開けると、想像していた雰囲気とあまりにも違っていたため、体が固まる。
もしかしたら店員さんが他の人と勘違いをして案内してしまったのかも。

扉を開けたまま動かずにいた僕を見て沼田ぬまた
「おう、ここ座れよ」
と声をかけてきた。

「おい、これどうなってんの?」
奥の席で泣いている坂下に気遣って、小声で耳打ちをする。
「坂下のやつ、プロポーズ断られたらしいぞ」
「まじ?あんなに自信満々だったのに?」

どうやら意気揚々とプロポーズをしたはいいものの、彼女の方は結婚する気は全くなく、坂下が1人で盛り上がっていただけという悲しい結末だったらしい。

まだ傷が癒えず泣いている坂下を慰める者もいたが、当の本人があまりにも泣き止まないものだから、みんなでとにかくお酒を飲ませた。
お祝いにと思って用意したワインは、着飾った姿を誰に褒められるわけでもなく何事もなかったかのように元の姿に戻った。


あの日は殆どの人が酔い潰れ、
『綺麗な夜景が見えるレストランでプロポーズをすると失敗する』
というジンクスが同期の間だけではなく会社中に広まるのに、さほど時間はかからなかった。

坂下のことを面白がって話す者もいたが、同い年の僕は人の事を笑えるほどの余裕もない。

現に夜景を一緒に見るような彼女もいわけだし、30代前半を謳歌している輝かしい人生でもなく、ただの社畜として毎日毎日、家と職場を往復している。

今日も仕事を切り上げたのは定時から5時間以上が過ぎているし、煌びやかな夜景を1人で見ながら帰路についている。

こんな社畜でも、夜景を見て純粋な気持ちで綺麗だと感じる時期もあった。
さっきすれ違った手を繋いでいるカップルが夜景を眺めて「綺麗だね」と言っているのと同じように。


もちろん今でも、この無数の光に目を引かれる時はある。

ただ少しだけ昔と違うのは、輝かしい光の数だけ今もまだ働いている人が多くいる中、自分は帰路についているといる優越感からだった。

そんなふうにしか夜景を楽しめなくなってしまったのは、昨日も、今日も、そして明日も、僕はただひたすらに働き続けるだけの人生だから。

残された余力は家に帰るまでにほとんど使い果たし、ご飯を食べてシャワーを浴びるのが精一杯。

当然ご飯は“作るもの”ではなく“買うもの”なわけで、家に1番近いコンビニに着くのは日付が変わるギリギリの時間。
店内に入るといつも決まったルートで500mlの缶ビールを2本籠に入れ、そのあとはカップラーメンかコンビニ弁当を手に取る。

深夜帯は外国人のコンビニアルバイトの人が多く、日本語は拙いながらも、一生懸命に仕事をしているのがヒシヒシと伝わる。

毎日のように疲れ切った顔でコンビニに訪れ、同じようなものを買って帰る僕に「オツカレサマデス」と言ってくれるようになったのはドミニクさんだ。

社畜同然で働いている俺にも、労いの言葉をかけてくれる人がいるというだけで、心が温かくなった。


辞める勇気もなく、転職活動をする気力もない。
来る日も来る日も、心を無にして働いているだけ。

そんな僕にドミニクさんは「日本人のカタは遅くまで働いて見習いマス。」と言ってくれる。

彼から見た日本は、まだ綺麗なものなのだろう。

…いや、日本人でも、綺麗な景色を見ている人はたくさんいるか。


1度心がすさんでしまうと昔の純粋さを取り戻すことは難しい。

小学生の頃に1000円札をもらって喜んでいた心は取り戻せないように、経験と年を重ねるごとに価値観は変わってしまう。

だけど、まだ純粋さを持ち合わせている彼みたいな大人や子供たちに、少しでも綺麗な景色をみてもらいたい。

出来ることなら、その手助けになりたい。

こんな僕でも、何かを通して彼らの心を守れていたなら、それでいい。


「イラッシャマセー」
今日も彼は煌びやかな光の中で元気に働いていている。

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