魚草アルバイト(10/14)
参与観察
https://kotobank.jp/word/参与観察-515023#goog_rewarded
社会調査の方法の一。調査者自身が調査対象である社会や集団に加わり、長期にわたって生活をともにしながら観察し、資料を収集する方法。文化人類学における異文化社会の研究などに用いられる。
魚草で働かせて貰えることになった。野口さん、マシュウさんとお話ししただけでは埋まらない、その場に"いる"体験をするために。マシュウさんはそれを許してくれて、三連休の最終日・祝日の11時から16時に初出勤となった。
遅刻や寝坊をしないために、前日に実家に帰って万全の体制で臨む。相変わらず4時になって眠りが訪れるため、眠ったのは4時45分とかそのくらい。働く時間よりも睡眠時間の方が短い。8時半頃に目が覚めて、出勤する。
電車はそこまで混んでいない。銀座線は特に混んでいるイメージが湧かない。上野広小路駅で降りてみる。今までは気づかなかったけれど、この駅からの方が少し時間を短縮することができる。朝のアメ横、空気が澄んでいて、晴れてスッキリとしている。上野に対して私が思うことは、この街が"整理されている"という感覚だ。そんな感じが漂っている。どれだけカオスになってもどこか風通しが良い。そして、ここに存在するアジールは果たして許されたものなのだろうか。
マシュウさんに挨拶する。いつも笑顔で、受け入れてくれる。そして高慢さが無く、腰の低さと表現するので良いのかわからないけれど、そんな風に受け入れてくれる。何人かの女性の従業員の人に挨拶をして、大抵「野口君の知り合いで…」と言われる。のんさんが私をセンタービルの2階の部屋に案内してくれる。鍵を開けて、そこに荷物を置く。荷物置き場の意味合いの強い部屋だ。「お手洗いに行っても…?」と言うとのんさんは待っていてくれた。
初めての仕事は氷を割ることだった。それはビールを冷やすのに使われる。氷は溶けて行くので水が混じっている。のんさんの爪は紫の地にニコちゃんマークが書かれている。私は"コギャル"だけれどその日はネイルを落として臨んだ。大きなビニールの中に入った氷の大きい欠片をトンカチで割り、それを銀のボウルで発泡スチロールの箱の中に詰めていく。厨房の片隅でそれをする。厨房では三人の男性が時折話をしながら準備をしていた。その内の一人からは「野口君の知り合いなの」と言われて、芸大生であることなどを少し話して「何かうちでもやってほしい」なんて言われた。「あ、やろうって話なんですよ」と私は言ったけれど、あまり話を広げられる返事ではなかったからよくなかったかもしれない。
私はどちらかというと、根性はあるけれど、筋肉はない。根性で氷を割り続ける20分…のんさんが一度私の様子をみに来る。良くないとか、あるのかな…?それとも遅いとかかな…?と心配になるけれど、自分なりに割り続けた。ビニールに穴が空いて、そこから少し氷が漏れ出す。けれど何とか氷を詰め終えることができた。大きいビニールをゴミ箱に捨てる。大きいとか、ありますか?と男性達に尋ねたけれど、問題は無さそうで、トンカチと銀のボウルを入り口の方に置いておいた。(これは二度尋ねてしまった)
店は12時からのようで、少し間が空く。持ってきたペットボトルの水を机の中に入れる。この間立ち飲みした時に顔を覚えてくれた男性のスタッフの方が今日のシフトに入っていた。その人よりものんさんの方が先輩のようだ。10年とか、長い間先輩かも。彼にオーダーの方法を聞く。最初の30分間は客が多いから、紙でオーダーを取っているという。今回は初心者だから、その後も自分用にメモをとって良いとのことだった。誰も急かすような人がいないから、ゆっくりで良いとのことだった。私は焦ってしまうところがあるので、気をつけたい。元々スペイン居酒屋で働いていたことがあったから、もう五年も前のことだけれど、朧げな記憶が蘇ってくる…。店では厨房に向かって声を出して「うにー」「いかー」みたいに注文をして行く必要がある。今日のおすすめの酒は何ですか?と客目線の質問をすると、お、いいですね、と言って「辛いのはど辛、甘いのは…」と決めてくれた。この日のおすすめメニューはなめろうで、これをとにかく沢山、ということだった。厨房の方がこのなめろうを食べさせてくれて、マグロの味がする!美味しい!
私は時間が来るまで店の前で立っているのだけれど、その時に入ろうとするお客さんもいて、知らなかったのだけれど、オープンが12時で並ぶのは5分前からだった。そして結構人が並ぶらしい。何組かにそれを伝える必要があった。10分前ほどに声をかけてきた二人組は付近で電子タバコを確か吸っていて、注意も受けていた。二人は列に並ぶと、この店に目星をつけているような内容の会話をしていた。仕事の先輩と後輩といった感じの二人組だ。
開店する。私は右側のオーダーを取るように言われ、席はあっという間に人で埋まる。最初の方は動きが体に入っていなくて、スペイン居酒屋のワンオペの時の動きをしてしまうのだが、のんさんの担当する場所、男性の担当する場所、みたいに持ち場があることにようやく気づいていく。仕事を増やすようで申し訳なかったけれど、ビールや酒瓶はのんさんに頼むのが良さそうだった。冷えている場所がその時々に違うらしい。のんさんはどれが甘いとか辛いとかの把握もしているから、オススメを選ぶのも上手い。
大きい声でオーダーする。お客さんをびっくりさせていないか心配だけれど、厨房に届かなくてミスが起こるのは心配だったし、多分叫んでいる時凄い顔になっていると思う(し、めっちゃのんさんがこっち見てる)。厨房の男性がオーダーをした後にこっちを見てることもあった。聞こえてはいるはずなのだけど、どうして見ているのだろう?意外と得意なのは、グラスに並々と酒を注ぐこと。これだけは特技かもしれない。一日中、ほとんど成功させていた。(とろみのある濁り酒の一回だけ惜しかったが)実際に褒められたので「たこ焼きを作るのも得意なんです…」と言った。
かくし酒のバイクマサムネは辛口で、これが出てくると湧く。この名前は覚えられたら…と言われたけれど、覚えてしまった。パッケージも可愛いし、写真を撮ってくれる若い女性も何人かいた。酒もメニューと同じように時間が経つと売り切れになることがあったから、最後の方はこのお酒をオススメすることもあった。かくし酒をオススメしていいのかわからないけれど、皆出すと喜んでくれるので…。
オーダーのミスみたいなものが発生すると、自分がリズムをうまく取れていないからなんじゃないか、と思うこともあり申し訳なくなった。誰もオーダーをとった記憶が無いお客さんが出てきてしまったりしていた。祝日で人が多いとはいえ、いつもこんなにミスって発生するのかな?と感じた。私はメモを取っていたから、オーダー自体を忘れるということは無いはずなのだが三人のチームプレイでかつ二人は記憶でどのお客さんにどのメニューというのを回しているのでそのリズムみたいなものに私も溶け込んでいく必要があり、上手く動けていないところがあるのではないかと身をつまされた。特に後半は、誰に何が届いたかをメモでチェックするようにしたりもするようにした。
いくつか覚えている接客のエピソードを書いてみる。
中国語を話すカップル。そういえば海外のお客さんには英語のメニューを渡すのだが、「英語対応ができる」ということに私はなっていた。しかし、やっぱりのんさんや男性の方の方が英語対応が上手で、言い回しやフレーズを覚えなければ上手く伝わらないところがあるのを感じている。しかし自分なりにコミュニケーションをとった。この二人から先にお代を頂くのを忘れて、食べ終わる頃を見計らって先に食べ終えた男性の方にexcuse me…とお金のことを伝えた。大きめのお札を彼は取り出した。ちなみにお釣りを出す時ものんさんにやって貰った方が良い場合もある。(導線の問題)
海外の男性の観光客(一人)。彼はお代を払ってもらう時に苦戦した。彼は恐らく会計の話であることがわかっているのだろうけど、正しい言葉で話さないと払わない、みたいな顔をしていて、その時彼がしている渋い顔が頭に焼き付いている。彼はその後、刺身を地面に落として、私を呼んで、さっきとはうって変わったコミカルな表情で残念です〜(とってもとっても)みたいなことを言った。私は彼が私をわざわざ呼ぶ意図がよくわからず、私はこの場所を汚したことを言っているのかな?と思ってno problemと言ったが、その後さらに10分後くらいにもう一度彼は私を呼び、残念だから(もう一匹ほしい)←この部分を彼ははっきりと私に伝えていない!というのを言ってきた。とりあえず、店が汚れているのは嫌なので、サーモンはペーパーで拾って片付けておいた。しかし、片付けたのに彼はまだ(ほしい)という態度をとってくる。常連さんと思わしき人(彼は山ちゃんとあだ名で呼ばれている)がその場にいて流れを見ていたし、私はスタッフの男性に助け舟を出した。なんか、落としたからもう一匹欲しいらしいですと言っています、と。男性はそれはできないとはっきり伝えてくれた。山ちゃんも彼は自分で落としたのだしあげる必要はないよ…と話した。彼らの隣で飲んでいる女性たちが、見かねてあなたにこれを分けてあげようか?とフォローを入れたりなんかしていた。彼は彼女らと意気投合して、長いこと話し、婚約しているか?とか言って背中に手を回していたりしていた。楽しそうに山ちゃんを含めてみんなで盛り上がり、山ちゃんは彼に東京のオススメの観光地を教えてあげたりもしていた。その女性たちはさらにその後若い男性三人組(同窓会生?)とも意気投合をして楽しんで行った。山ちゃんは君らのおかげで一人の外国人が日本の経済を回すのだというジョークのようなものを言っていた。
とある中国語を話すカップルは、翻訳機を片手に熱心にメニューを読んだ。そして、これは二人で食べ切れる量ですか?と聞き、返答は難しかった。食べ切れるので「yes」ではあるのだが、立ち飲みはお腹を一杯にするものとは違うから、そう言ったことを考えていると答えをどう英語で表現するかが難しい。でも、彼らは多くのメニューを頼み、楽しんでくれたようだ。帰り際は女性が私の目を見て「ありがとう」と伝えてくれて嬉しかった。外国人の観光客の方でそのように最後に伝えてもらえることは多々あった。
素敵な装いで店に来た女性は牡蠣のポシェットを下げていて、思わず可愛いですね!と声をかけてしまった。この日牡蠣は3時頃には売り切れていた。それを目当てにしている人はちらほらといた。彼女はバイクマサムネを頼んだ。
私と変わらないくらいの年の、線の細い女性が一人で飲んで帰る。男性のスタッフはそんな彼女にまたいらっしゃい!と声をかけた。友達なのかと思ったけれど、違う関係性にも見える。野口さんから君みたいな"コギャルも飲みに来るよ"と聞いていたんだけれど、色んな人の居場所になっていることがわかる。
小さな子供を連れた家族はいくら丼が目当てだったが、それは兄弟店のものだ。スマートフォンでこれありますか?とレビューサイトの写真を見せる人もいたけれど、その日のメニューにないものは基本的には無い。
のんさんの知り合いが来て、のんさんが手を振ったり、厨房で働く男性の知り合いが来たり。厨房の男性は一人マスクをして、風邪のために早退して行く。男性のスタッフの代わりに厨房の人が外に立っていることもある。
何度か人の流れの中を行き来するシーンがある。その時には別の店の人にも見守られながら動いているのを感じる。川の流れの中を泳いでる。シフトの上がりが近づく時間に、スギ薬局で2リットルの水を4本買うことを頼まれる。重かったら2、3本で良いから…と付け加えられたけれど、4本抱えて歩く。
ふと外を見やった時に、電車がこの上を通っていて、それがビルのガラス窓に写っている。そのことを思い出す。騒音の元で働くストレスってあるのかな?と思っていたけれど、そんなことは特になかった。のんさんは昼過ぎ頃にはコーヒー牛乳をストローで飲み出す。それを見ていたら彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
鍵をマシュウさんから受け取って、手を洗って、それは魚の匂いになって、荷物を背負って、鍵を返して、駅へ向かう。この日は何となくリサーチはしないことにした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?