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『僕と私の殺人日記』 その37
※ホラー系です。
※欝・死などの表現が含まれます。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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「そこか!」
勘のいいゴルじいは、早くもわたしの居場所を突き止めた。うつぶせになって、まさにスナイパーみたいな構えをしている。
わたしは柱を盾にして奥まで急いだ。 慌てていたせいで手が滑ってしまった。手のひらが砂に擦れて、痛い。四つん這いになっていたわたしは体勢を崩し、転んだ。
その直後、わたしの頭の上を何かが通った。風がわたしの赤茶色の髪を揺らす。乾いた音と同時に木が割れるような音がした。前を見ると、前方にあった木の柱がひび割れ、穴 が開いていた。 背中が凍りつく。後ろから大きな舌打ちが聞こえた。
恐る恐る、その方向に目を向ける。 こちらに向けた銃口からわずかに煙が出ていた。
もし、転ばなかったら撃たれて死んでいた。身体がひどく震えた。 ありえない。わたしの後ろには何本もの柱があった。それにも関わらず、その柱の隙間を縫って、的確に狙ってきたのだ。
あのじいさんのほうがよっぽど化け物だ。
手足を必死に動かして前に進むと、木でできた階段の裏側が見えた。お賽銭箱が置かれているところの階段だ。
わたしはそこから床下を出て、階段を上り、神社の障子扉を開いて中に入った。 室内は薄暗く、神聖な空間が静けさを保っていた。辺りを見回し、タンスの陰に身を潜 める。
やがて障子が勢いよく開け放され、ゴルじいが入ってきた。銃を構えて近寄ってい るのが、外から伸びた影でわかる。
「観念せい! ここにいるのはわかっておる。大人しく出てくるんじゃ」
畳を踏む音が少しずつ、少しずつ、近づいていく。 あと一歩で見つかるその時、わたしは行動を開始した。
タンスから飛び出す。
ゴルじいはそれを予測していたのか、たいして驚きもせずに引き金を引いた。
パァン。甲高い乾いた音が静寂色に染まっていた室内を満たす。撃たれたのは掛け軸だった。壁にかかっていたのを取り外して、身代わりに投げたのだ。
これで二発撃った。
もう銃を撃つことはできない。 ゴルじいは目を見開いて固まっている。
わたしはタンスの影から、今度こそ飛び出し、 愚かな年寄りにナイフを突き出した。
ただ、愚かだったのは、わたしの方だった。
ゴルじいが固まっていたのは、一瞬、すぐ に銃口をわたしに向けた。弾がないはずなのに、なぜかわたしの方が固まった。チャンスなのに身体の動きを止めたのは、ゴルじいの顔があまりにも余裕そうに見えたからだ。
「残念じゃたな。ここに入る前にもう一発入れておいたのじゃ。まぬけな殺人鬼め!」
絶体絶命だった。
引き金を引かれるだけでわたしは死んでしまう。
もう、一か八かの選択しか残されていなかった。
「ナイフがチョキなら、銃は何だと思う?」
「は?」
わたしは問いかけると同時にナイフを上に投げた。銀色の刃が空中で舞う。突然宙に投げられたナイフに、ゴルじいは目を向けた。
その瞬間を狙い、わたしは銃を蹴り上げる。構えていた指が引き金に当たり、激しい空気の震えと共に、銃弾は神社の天井を撃ち抜いた。
舞ったナイフが畳に落ち刺さる。 その隙にわたしはナイフを掴んで、跳びかかり、首を切りつける。
しかし、すぐに冷静になったゴルじいは猟銃の銃身で、刃を防いだ。金属同士が衝突して、激しい硬質音が部屋中に響く。
「この餓鬼ぃぃ!」
怒り狂ったゴルじいは、銃口の方を持って、鈍器のように振り回す。わたしはゴルじいの足元に飛び込んで、避ける。
さらにかかとを切りつけて、動きを奪った。かかとが切れ た足は崩れて、ゴルじいは膝をつく。
それでも振るう銃の勢いは衰えない。背後にいるわたしにゴルじいが振り向く。
わたしは今度こそ首を切りつける。
その後ろで空気を裂くような音がする。
振るった銃身がわたしの後頭部に迫っているのだと直感した。
ナイフに力を込める。
畳に血が飛び散った。
部屋の背景が真っ白になった気がした。白い空間に血しぶきが浮びあがる。
目に映ったのは、持っていたナイフがゴルじいの首を一直線に切り裂いた光景だった。
後頭部に迫っていた銃の動きが止まり、身体と一緒に崩れ落ちる。ゴルじいは何かを呪うような顔で息絶えた。
「はあ、はあ、わたしの勝ちよ。このナイフはグーにも強いんだから」
乱れた息を整えて、わたしは神社を出た。激戦の疲れで身体が重い。勝利の余韻に浸る余裕さえなかった。
ただ、生きていることがうれしかった。
続く…