『春と私の小さな宇宙』 その70
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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エピローグ
四月初旬。
爽やかな春の風が暖かな空気を運び、真っ白な飛行機雲が青い空に二本の線を描いていた。空いっぱいに降り注ぐ太陽光が冷えたコンクリートを温めている。噴水から湧き上がる水が、陽光を浴びて反射し、煌めいていた。
大学の校舎から校門までの間には、コンクリートの道がある。その両側に桜の木が並んでおり、鮮やかに咲いた桜が花を散らしていた。並木道の端には、休憩用のベンチが設置され、多くの大学生が食事やおしゃべりを楽しんでいる。
ハルとアキはそのベンチに座り、近況を報告しあっていた。
「・・・でね、あの子ったらまた別の男と浮気していたのよ。信じられる! もう五股ぐらいしてるんじゃないかしら。ばれるたびに傷ついて新しい男に慰めてもらうのよ! 悪循環もいいところ! そう思わない!」
「そうね・・・」
アキの話は長い。ハルは適当にうなずき、当たり障りのない返答を返す。彼女の会話をほとんど聞いて無いに等しいが、完全記憶能力のおかげで聞いた話は全て録音しているため支障はない。
勘のいい彼女にはまた、ばれそうだが。
「そういえばユウスケ君、あれから元気になったよ!」
「そう・・・、あなたが励ましてあげたおかげね」
「えへへ、それほどでも~」
あの事件の後、意気消沈していたユウスケを家庭教師代理として訪れたアキが粘り強く励ました。その奮励が実り、ユウスケは少しずつ受験勉強に精を出すようになったのだ。
その一方。夫と不倫相手がいなくなったミチコは、それから我が子をまさに自分の子のように愛した。失った欲望が愛情に転化したのだろう。都合のいい話である。
そしてユウスケはもう、親への復讐は考えなくなっていた。父親の死ですっかり毒気を抜かれたらしい。今はミチコと静かに暮らしている。
「それで大丈夫なの?」
不意にアキが話を振ってきた。彼女は話をよく変える。何の話かは予想がついた。
一週間前に起きた、バス衝突事故のことだろう。大きな事故でありながら死人が一人も出なかったのは、奇跡だった。幸いにも重軽傷者が数人いた程度で済んだのだ。
あの事故でハルも左腕を骨折したものの命に別状はなかった。現在はギプスと包帯で腕を固定している。
腹の子も事故の衝撃で危険な状態だと思われたが、病院で検査した結果、後遺症もなく問題ないそうである。
「・・・」
「ハル?」
「・・・大丈夫よ。いまのところ、問題ないわ」
「そう? なら、いいけど」
内心、ハルは動揺していた。一瞬、脳の活動が止まり、フリーズしてしまった。アキの
問いの真意をはかり損ねていたのだ。
それはどっちの意味で聞いたの?
そう、聞き返したかった。とっさにどっちの意味にもとれる返答をしたが、彼女が何を聞きたかったのかよくわからなかった。
「大変だったよね。救急車やらパトカーがたくさん集まってさ。あのバスにハルがいるって聞いたときは心臓が止まるかと思ったわ。死んじゃったらどうしようってね」
「そうね・・・」
「赤ちゃんも無事みたいでよかったわ。何かあったらヤバいもんね」
そっちだったのか。ハルはようやく解答を得た。さっきの『大丈夫』は自分についてなのか、それとも、腹の子についてだったのか、どっちで返せばいいのか躊躇してしまった。
前の自分なら迷わず自分のことだと考えるに違いない。
それなのに即座にそう言わなかったのは、あの時に感じた「何か」のせいだろうか。
続く…
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