【ショートショート】 彗星ダーリン
私の名前は、瞳本星美。大学二年生。
今は、キャンパス内にあるカフェスペースで読書をたしなんでいる。
ひと息つくために本を閉じて、飲みかけのコーヒーに手を伸ばす。やっぱり読書にはコーヒーがかかせない。
視線は揺蕩う湯気を追いかけ、行き交う人たちに移る。
私には、好きなことが二つある。
それは読書と、人間観察だ。
でも、ただの人間観察じゃない。
私の瞳には『星』が宿っている。
この瞳は、ヒトの中にある夜空を見る。
そして、一番星に記録された記憶を映す。
……と、格好つけて言ったものの。
ようは、他人の一番大切な思い出を覗き見れる、ということだ。
我ながら、悪趣味な能力だと思う。
とは言いつつも、この能力に何度も助けられたのも事実だ。
私が落ち込んでいた時、目の前をサラリーマンが通りがかった。
見た目は、冴えないおじさんだった。
でも、思い出の中のその人は輝いていた。
その人は昔、バンドマンだった。少ないが、熱狂的なファンに囲まれて、充実した毎日を過ごしていた。
その姿を見た私は、胸打たれた。
明日も頑張ろうと、前を向けた。
そうやって、他人の思い出をたくさん見て、そのたびに勇気づけられて生きてきた。
一番星を持っていない人なんていない。
どんな人にも、そんな日々があった。
ただひとりを除いて。
私の瞳は、私の一番星を映したことがない。
つまり、私にはそれがないということだ。
自分のことだから、もちろん自覚はある。
本を読んでばかりで、人との関わりは皆無だし、部活もしたことがないし、他人に誇れるようなものはない。
他人の思い出にすがるしかない、能無しだ。
ため息が、コーヒーを冷ました。
みみっちい私は、幸せが逃げないようにと、コーヒーと一緒に流し込んだ。
その瞬間、視界が光に包まれた。
目がくらんでしまうくらい眩しいそれは、彗星のように尾を引いて過ぎ去っていく。
「待って!」
とっさに引き止めてしまった。
だって、こんな人初めて見たんだから。
振り返った彼は、目を見開いていた。
その瞳に私が映り込む。
瞳の中の私は、輝いていた。
一番星、見つけた。
(了)
【登場人物】
※ 瞳本 星美(どうもと ほしみ)