息子の海。
「これはうみ?」
「それは池だねぇ」
「これはうみだね」
「それは川だよ」
なんでやりとりをしていた土曜の朝、「うみにいこう」と息子に誘われた。
上の息子まだ2歳で、次男がいなかった頃の話。
金曜の夜力尽きて入らなかったお風呂に一緒に入って着替えを済ませ、今度は旦那さんがシャワーを浴びていた時だった。私と息子の二人きりで、今日は何して遊ぼうかね、なんて話していた折に、そう息子が言った。
私は埼玉県生まれだ。
旦那さんは長野県生まれ。
二人とも海と縁遠い場所で生まれて、今も海なし埼玉に住んでる。多分死ぬまで住んでる。
海無し夫婦の間に生まれた息子も、まだ一度も海に行ったことがないし、実物を見たこともない。(ほんとは1歳の夏に行こうとして当日朝めっちゃ熱出てたからやめた)
けど、絵本や図鑑やテレビで海というものがあるのは知ってる。
海ってわかる?と聞くと
「なんかみずがいっぱいあるとこ」
とまぁこんな感じ。まぁ広義としてはあってるわ。
だもんで、川を見ては海、池を見ては海と言い、そのたんびにやんわり訂正していたんだけど、そんな息子が唐突に海に行こうと言う。
え、え〜マジかよ、一番近い海どこだ?鋸南?九十九里??わかんねえなぁ旦那さんに相談してみないと、うーん今日はまぁ予定もないしいいかぁ、なんで一人で考えていると、息子はすでにアンパンマンを抱えて仁王立ちしていた。
「はやくうみいくよ」
まてまて、母ちゃんまだ何の装備もしてないよ。
も一つ言うなら父ちゃんはまだお風呂入ってるよ。
でも息子は頑固でマイペース。一度決めたらすぐ行動。明日やろうは馬鹿野郎と言わんばかり。えらい。でも待って。
母ちゃんのボヤキを完全無視して、彼は既に玄関で長靴を履いてた。何で?と思ったけど、よく考えたら昨日の保育園の帰りに雨が降っていたからだろう。
「はやくいくよ」
ううーん、わかったよぉでも海は父ちゃんがお風呂終わったらだからとりあえずお散歩だけだからね。
少し歩いて戻れば納得するかなと思い、私もサンダルに足を突っ込んで、アンパンマンを抱く息子のあいた手を取って外に出た。
雨は止んでいた。よかった。息子の言うがまま、テクテクとアパートから歩く。思った通り、路面はびしゃびしゃで、道路脇には水たまりがたくさん。
風呂入ったばっかりだから慣れるの勘弁してほしい。
濡れるから入ったらいかんよ、と言うと、息子は目をキラキラさせて水たまりを指差して、
「うみ ついたね」
と言った。
私の中の鋸南と九十九里浜のイメージがぶっ飛んだ。
あ、なに、そ、それのことーーー!??
びっくりしてぼーっと突っ立ってると、油断した。息子は長靴のまま水たまりを弾き飛ばして走り、思ったとおり、長靴もハーフパンツもアンパンマンもビシャビシャにしてしまった。
あーあ。せっかく風呂入ったんに。
と言おうと思ったが、初めて海に来た息子はえらい楽しそうで、何も言えなかった。その間にも次から次へと海をハシゴしてバッシャバッシャやっていた。(車には注意してましたよもちろんね)
その度にハーフパンツ は泥吸って茶色くなってるし、なんか長靴からギュッポギュッポ音がしとる。靴下死んだんじゃね?
アンパンマンも足のあたりが黄色から辛子色くらいになってるし。
10分ほどバッシャバッシャやってから、
「なんかながぐつがぁ」
と嘆いていたので帰ることになった。
一度縁石に座らせて脱がせた長靴の中には、まっずいコーヒーみたいな色の水が足首くらいまで入ってて、いやよく長靴でここまでまず入れられたな?と感心した。
それを捨てるときも息子は、
「うみまたねーまたくるからね〜」
と海という概念に手を振って別れを告げてた。
水を捨ててもぎゅちゅぎゅちゅ言う長靴を履かせて、家に帰ったら、風呂から出た旦那さんが「誰もいなくて死ぬほどびっくりした」と言ってて面白かった。何も言わずに死にたえて雑巾と化した靴下を手に握らせたら悲鳴あげてて笑った。
ほんと子供って、キラキラした世界で生きてるな。
そんな息子はもう今年4歳になる。
次男も昨年夏に生まれ、これ書いてる時点で7ヶ月。
ついでに私も今年29歳になります。嘘だろ承太郎。
長男が3歳の夏に行こうと思ってた海は、新型コロナウィルスのせいでお流れ。次男は生まれてからまだ一度も長野の実家へ行けてない。
だもんで、長男はまだ池と川と水たまりを海と言います。もう諦めました(教えてやれよ)。
長男の、水たまりを海と言いはばからない前向きさは現在で、次男に猫パンチされても「僕のことが好きすぎて……こまっちゃうね……えへ……」と拗らせたオタクのような包容力で生きてます。
小さなことを前向きに、楽しい方向に捉える天才です。でも小さな事で崖の下まで落ちる天才でもあります(どっち?)
今は育休中で、だいぶのんびりさせてもらってるから、どこにでも行けます。
コロナが落ち着いたら、今年の夏こそは、今年の夏こそは、本物の海でひと泳ぎさせてやりたいなぁと願うばかりです。
母ちゃんは海の家で焼きそばでも食います。
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