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40年ぶりに日の目を見た名演 オットー・クレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団の第9特別演奏会

1990年代末まで存在すら知られていなかった第9の録音。セッション録音の直後に行われた特別演奏会の名演が40年ぶりに日の目を見たのです。

オットー・クレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団の第9特別演奏会

1957年11月。オットー・クレンペラーはフィルハーモニア管弦楽団とともにベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」を録音しました。イギリスEMIが進めているクレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団によるベートーヴェン交響曲全集録音の一環でした。
そしてこのセッションが終了した直後、セッションと同一メンバーによる特別演奏会が行われました。その演奏会の録音が、42年も経過した1999年にTestamentというレーベルから突然発売されたのです。
特別演奏会はイギリスEMIによって秘かに録音され、長らく封印されていたのです。

オットー・クレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団の第9特別演奏会
ジャケット表

<演奏者>
Sop:オーセ・ノルドゥモ=レイフベリ Alt:クリスタ・ルードヴィヒ
Ten:ヴァルデマール・クメント Br:ハンス・ホッター
指揮:オットー・クレンペラー
フィルハーモニア合唱団(合唱指導:ヴィルヘルム・ピッツ)
フィルハーモニア管弦楽団

オットー・クレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団の第9特別演奏会
ジャケット裏
クレンペラー(前)と、この録音と演奏会を企画したEMIプロデューサーのウォルター・レッグ

クレンペラーの芸風はゆっくり目のテンポを採用し、主旋律にカバーされて聞き取りにくい対旋律などを浮かび上がらせ、曲の構造を明らかにしていくとされています。
たしかに第1楽章は巌(いわお)のような堅固な音楽ですが、第2楽章はゆっくり目のテンポでも躍動感があります。第3楽章は速めのテンポで演奏されるため夢見るような雰囲気ではありませんが、木管楽器が美しい音色を奏でるため幸福感があります。
そして全体の白眉は合唱が入る第4楽章です。それまでの3つの楽章も、ライヴらしい熱気にあふれる演奏なのですが、バリトン独唱に導かれて声楽が入ってくると、オケ、合唱団、そして聴衆が一気に白熱します。今風に表現すれば「ギアがさらに数段階上がる」という感じです。
演奏終了後の聴衆の熱狂的な拍手と歓声もうなずけます。
今から50年近く前の録音なのですが、音質も極めて鮮明で、超優秀録音です。

この演奏会はイギリスでは長く語りぐさになった伝説の演奏会だそうですが、この録音がなされていたことはクレンペラーの伝記や専門書にも記されていなかったそうです。
録音したのはイギリスEMIなのですが、なぜ封印されたままになっていたのか・・・・。指揮者クレンペラーが発売許可を出さなかったのか。プロデューサーのウォルター・レッグが、セッション録音を上回る出来映えのために封印を指示したのか。

オットー・クレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団の第9特別演奏会
ジャケット(解説書)裏見返し
この日の演奏会の様子

オットー・クレンペラーという人

いつもなら演奏の紹介前に指揮者の紹介をするのですが、今回は逆になりました。

オットー・クレンペラー(1885.5.14~1973.7.6 オットー・クレンペラー - Wikipedia)はドイツの作曲家、指揮者。ドイツの歌劇場監督として活躍するが、第2次世界大戦直前に脳溢血で倒れ、後遺症が残る。
大戦後のロンドン客演で彼の演奏に感銘を受けたEMIのプロデューサー、ウォルター・レッグにより、EMIと契約を結ぶ。レッグが録音用に創設したフィルハーモニア管弦楽団と多くの録音を遺した。

と、このように書くと苦労人のように思えるかも知れません。実際、苦労の多い人生ではあったのですが、一方でクレンペラーは毒舌や奇行で有名でした。

・若きロリン・マゼールがリハーサルにクレンペラーを招いた。リハーサル後にマゼールがクレンペラーに感想を求めると、彼は一言。「君は非常に才能に恵まれているがな、君の振ったのはどこもかしこも間違っているな」
・作曲家のパウル・ヒンデミットが講演会を行った。質疑の時間になると、最前列に座っていたクレンペラーが真っ先に挙手をした。自身も作曲家であるクレンペラーがどんな鋭い質問をするかと会場が固唾を呑んでいると、「トイレはどこかね?」
・ブタペストでリヒャルト・ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(演奏に4時間かかる)を指揮したとき。コンサート・ミストレスの弱冠19歳のワンダ・ウィウコミルスカ(後の大ヴァイオリニスト)が退屈でうとうとしてしまった。見とがめたクレンペラーは「とっとと帰れ!ワーグナーはガキの音楽じゃねぇんだ!」
・後年、ウォルター・レッグがEMIを辞職するとき、フィルハーモニア管弦楽団にも解散を命じてしまった。練習場で途方に暮れる楽員たちにクレンペラーが演奏させた曲は、モーツァルトのモテット「喜べ、踊れ、幸いなる魂よ」

クレンペラーだけでなく、昔の音楽家には、このテの話は調べるとザクザク出てきます。
上げ出せば切りがないのですが、(本筋からずれますが)最後に作曲家ブラームスの逸話をニつ。

・作曲家志望の若者がブラームスに新作を見てもらった。ブラームスはじっくりと楽譜を見ていて一言も発しない。若者はおずおずと感想を聞いた。ブラームスは「すばらしい!こんな上等の五線紙をどこでお買い求めになりました?」
・ブラームスがピアノの弟子を教えていたが、なかなか上達しない彼に対して一言。「君に必要なのは練習じゃなくて才能だよ、才能!」

次回予告 60年代アメリカの第9 レナード・バーンスタイン&ニューヨーク・フィルハーモニック

1960年代。アメリカが世界の頂点に立っていた時代を象徴するような第9。

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