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フランス・ブリュッヘン&18世紀オーケストラ / モーツァルト:交響曲第40番&ベートーヴェン:交響曲第1番

ブリュッヘン&18世紀Oの記念すべき世界デビュー盤。日本では1986年に発売され、レコード芸術誌で音楽評論家の吉田秀和が激賞しました。

吉田秀和が激賞したモーツァルトの交響曲第40番

このCDが日本で発売されたのは1986年。当時読んでいたクラシック雑誌にレコード芸術というのがあり、そこに大御所音楽評論家の吉田秀和(吉田秀和 - Wikipedia)による『今月の一枚』という、彼が注目する新譜をエッセイ風に紹介する連載がありました。そこでこのアルバムが取りあげられたのです。
細かい表現は忘れましたが、今でも心に残っている箇所があります。
『カラヤンがウィーン・フィルを指揮して録音したモーツァルトの40番のように、大きな瞳をしたやせ形の美人を見るような演奏・・・・』

フランス・ブリュッヘン&18世紀オーケストラ
モーツァルト:交響曲第40番&ベートーヴェン:交響曲第1番
国内初出盤ジャケット表

吉田秀和は、文章で表すのはなかなか難しい音楽や演奏というテーマを、分かりやすい的確な表現で伝えます。若造だった私にも「ブリュッヘンのモーツァルトの40番は、引きしまった造型の表情豊かな演奏なんだな」とすぐに理解できました。

余談ですが、吉田秀和の表現で一番有名なのはこれではないでしょうか。
「骨董品にひびが入ってる」(1983年夏のヴラディーミル・ホロヴィッツの来日公演について、会場でNHKのインタビューに答えたときのもの)
ホロヴィッツの83年の来日公演は私もテレビで見ましたが、若造の私にも分かるくらいの集中力を欠いたユルい演奏でした(著しく体調を崩していたそうですが)。
コンサート終了後に会場でNHKのインタビュアーに感想を尋ねられた吉田氏は、ホロヴィッツの演奏の音色の変化や時おり垣間見せた鋭い表現をほめたあとで、「彼は今や骨董品だよ。・・・・でも惜しいね。骨董品にひびが入ってる。もっと早く聴きたかったね」と答えたのです。
吉田氏は、垣間見えたホロヴィッツの表現をほめ、彼のことを気づかってもいたのですが、「骨董品にひび・・・・」の部分が切り取られた感じで有名になってしまい、「吉田氏がホロヴィッツを酷評」として後世に伝えられてしまいました。
なお吉田氏は、1986年にホロヴィッツが再来日してすばらしい演奏を聴かせたときは、絶賛しています。

余談が長くなりました。それでは、吉田氏が「大きな瞳をしたやせ形の美人」と評した、ブリュッヘンのモーツァルトの40番はどんな演奏だったのか。
有名な40番のテーマは文字どおり「疾走するモーツァルト」です。ヴァイオリンの響きが細いため、音楽の表情は引きしまっています。そこに時おり、管楽器や打楽器、低弦が鋭く入ります。
第2楽章は冬の枯れ野を行くような寂寥感を感じます。
第4楽章の冒頭、細いヴァイオリンの響きが跳躍し、直後に全奏で激しいフレーズがかき鳴らされる場面は強弱の対比が大きく、悪魔的な迫力を感じます。
優美なモーツァルトではないので、好みは分かれるかもしれません。私はこんな激しいモーツァルトが好きですが。

ベートーヴェンの革新性が分かる交響曲第1番

カップリングされているのはベートーヴェンの交響曲第1番。モーツァルトの交響曲第40番とベートーヴェンの交響曲第1番とは、なかなか興味深いカップリングです。
モーツァルトの交響曲第40番は1788年の作曲。ベートーヴェンの交響曲第1番は1801年の作曲。この間にはフランス革命が起き、市民階級が力をつけ、王公貴族の地位が揺らいでいきます。
また、モーツァルトの交響曲第40番は彼の晩年(と言ってもモーツァルト32歳)の作品。ベートーヴェンの交響曲第1番は彼の青年期(といってもベートーヴェン31歳)の作品。作曲した年齢はほとんど同じでも、かたや死の3年前、かたや青年期。
モーツァルトの交響曲第40番とベートーヴェンの交響曲第1番のカップリングで、ブリュッヘンと18世紀オーケストラは音楽ファンにいろいろなことを語りかけようとしたのでしょう。

ブリュッヘン&18世紀Oのベートーヴェンの交響曲第1番は、単独で聴いてもいろいろなことを強く訴えかけてくる演奏です。
モーツァルト以上に劇的な強弱の表現。弦楽器をかき消すような管楽器群や打楽器の強めの響き。スピード感あふれる急速楽章(第1、第3、第4楽章)。
ベートーヴェンは交響曲第1番にしてベートーヴェン以外の何者でもない強烈な個性をみなぎらせていたこと。モーツァルトが亡くなった1791年以後、しばらく沈滞していたヨーロッパ音楽界に、とんでもない才能があふれる若き作曲家=ベートーヴェンが現れたという衝撃。
ベートーヴェンの交響曲第1番が初演されたとき、「管楽器が前に出すぎてハルモニームジーク(吹奏楽)のようだ」「一般に親しまれるには多くのことが不足している」などの不評が保守的な聴衆や新聞からぶつけられたそうですが、この演奏を聴くとそれもちょっとは分かるような気がします。
ただ、ブリュッヘン&18世紀Oの演奏でモーツァルトの交響曲第40番とベートーヴェンの交響曲第1番を続けて聴くと、ベートーヴェンは突然変異的にクラシック音楽界に出現したのではなく、モーツァルトの音楽的なDNAも受け継いでいることも分かります。

次回予告 フランス・ブリュッヘン&18世紀オーケストラ / モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」&歌劇「皇帝ティトゥスの慈悲」

モーツァルトの最後の交響曲の名演奏。

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