【晩夏のゾーッとするクラシック・2】ベルリオーズ:幻想交響曲/ベルナルト・ハイティンク&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団【阿片を呑んで彷徨った悪夢の世界】
ベルリオーズとハリエット・スミッソン
フランスの作曲家エクトル・ベルリオーズ(1803-1869)は、若き日に、シェイクスピア劇に出演したアイルランドの女優 ハリエット・スミッソンへの恋に身を焦がしました。しかし貧しい青年作曲家と人気絶頂の女優との一方的な恋など実るはずがなく、悲観したベルリオーズは阿片を呑んで自死を図りますが、薬は致死量に至らず、一連の奇怪な夢を見ます。
その夢をプログラムとして、スミッソンへの愛と情熱と呪いをぶちまけたのが幻想交響曲です。
曲目と演奏者
エクトル・ベルリオーズ:幻想交響曲
「病的な感受性と激しい想像力に富んだ若い音楽家が、恋の悩みによる絶望の発作からアヘンによる服毒自殺を図る。麻酔薬の量は、死に至らしめるには足りず、彼は重苦しい眠りの中で一連の奇怪な幻想を見、その中で感覚、感情、記憶が、彼の病んだ脳の中に観念となって、そして音楽的な映像となって現われる。愛する人その人が、一つの旋律となって、そしてあたかも固定観念のように現われ、そこかしこに見出され、聞こえてくる」
第1楽章:夢と情熱
「彼はまず、あの魂の病、あの情熱の熱病、あの憂鬱、あの喜びをわけもなく感じ、そして、彼が愛する彼女(スミッソンへの思念)を見る。そして彼女が突然彼に呼び起こす火山のような愛情、胸を締めつけるような熱狂、発作的な嫉妬、優しい愛の回帰、厳かな慰み」
第2楽章:舞踏会
「とある舞踏会の華やかなざわめきの中で、彼は再び愛する人(スミッソンへの思念)に巡り会う」
第3楽章:野の情景
「ある夏の夕べ、田園地帯で、彼は2人の羊飼いが牧笛を吹き交わしているのを聞く。牧歌の二重奏、田園の情景、風にやさしくそよぐ木々の軽やかなざわめき等が彼の心に平安をもたらし、希望をもたらす。しかし、彼女の幻(スミッソンへの思念)が再び現われる。彼の心は締めつけられ、辛い予感が彼を突き動かす。もしも、彼女に捨てられたら・・・・ 1人の羊飼いがまた素朴な旋律を吹く。もう1人は、もはや答えない。日没・・・・遠雷・・・・孤独・・・・静寂・・・・」
第4楽章:断頭台への行進
「彼は夢の中で愛していた彼女を殺し、死刑を宣告され、断頭台へ引かれていく。行進は時に暗く荒々しく、時に華やかに厳かになる。その中で鈍く重い足音に切れ目なく続くより騒々しい轟音。ついに、固定観念(スミッソンへの思念)が再び一瞬現われるが、それはあたかも最後の愛の思いのように死の一撃によって断ち切られる」
第5楽章:サバトの夜の夢
「彼は魔女の饗宴(サバト)に来ている。亡霊、魔女、妖怪たちが、彼の葬儀のために集まっている。奇怪な音、うめき声、嘲り笑う声、遠くの叫び声に他の叫びが応える。愛する彼女(スミッソンへの思念)が再び現われる。魔女となった彼女がサバトにやってきたのだ。それはかつての気品とつつしみを失い、醜悪で、野卑で、グロテスクな姿になっている。 彼女の到着に歓声があがり、彼女が悪魔の大饗宴に加わる。地獄の弔鐘が響く。聖歌「怒りの日」のパロディ。サバトのロンド。サバトのロンドと怒りの日がいっしょくたになり、彼は悪魔や妖怪たちに小突き回され取り巻かれながら、地獄の底へと引きずり込まれていく」
指揮:ベルナルト・ハイティンク
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
長々と曲のプログラムを紹介しましたが、要するにこの曲は「一人の芸術家が美しい女性に一目惚れし、彼女と舞踏会で踊り、野の情景に一時心を癒されるも再び嫉妬に狂い、ついに彼女を殺害して死刑になり、魔女となった彼女や妖怪たちに嘲笑されながら地獄の奥に引きずり込まれる」という曲です。
狂い果てた曲と言えるかもしれませんが、曲が分かりやすく、演奏効果も抜群で、クラシックの人気曲ベスト10を選べば、まちがいなくその中に入るのではないでしょうか。
CDで聴くことの出来る名演もたくさんあります。
ハイティンク&ウィーン・フィルの『幻想」
オランダの名指揮者ベルナルト・ハイティンクと名門ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との初録音でした。
1980年夏にLPレコードで発売されましたが、その時のキャッチコピーが「"幻想"がこんなにもファンタスティック」。そのコピーどおり、ウィーン・フィルの優美な音色を生かして、幻想交響曲の叙情的な面を存分に描き出した演奏です。恋人を殺した芸術家が刑場に引かれて死刑になる第4楽章「断頭台への行進」も、悪魔たちの饗宴の中で芸術家が地獄に落ちていく第5楽章「サバトの夜の夢」も、狂おしくありつつも優美です。
魔女となってしまった恋人と地獄に落ちていく芸術家への同情のような感情もわいてくる演奏です。
幻想交響曲は奇怪な面や演奏効果を追及した演奏が多いですが、それらとは一線を画した演奏です。
発売当時は、評論家たちの評価はあまり高くなく、この曲のファンやハイティンクのファンからも早々に忘れられてしまった演奏ですが、私はユニークな名演と思います。
LP初発売時のジャケット
先述のように、この演奏は1980年の夏にLPレコードとして発売されました。キャッチコピーにふさわしく、レコードジャケットも叙情的なものでした。
ネットオークションのサイトから拾ってきた画像で、発色がくすんでいますが、薄い浅黄色のトーンが美しかったです。
CDの時代になっても、この演奏はなかなかCD化されず、その後も散発的に再発売されるだけで入手困難な状況が長く続いています。
当然このデザインが再現されたCDジャケットはありません。いろいろと残念なことです。
<次回予告>
【晩夏のゾーッとするクラシック・3】ベルリオーズ:幻想交響曲/ロリン・マゼール&クリーヴランド管弦楽団【ベルリオーズの狂気爆発!】
同じ曲の演奏を2回続けて紹介するのは気が引けるのですが、あえて取りあげます。ハイティンク&ウィーン・フィルの演奏とは対極に位置する、狂気が爆発するような幻想交響曲の演奏です。