ロックの定義を知った文学座 昭和虞美人草
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先日、尊敬する女子の先輩から
お声をかけて頂いて、
初めて北九州芸術劇場中劇場に。
北九州に来る前から、
芸術劇場にはいい舞台が
たくさん来るなぁと
遠く佐世保から
うらやましく感じていたのですが…
演劇を見る人が多いところって、
街全体が
この物語の中で言う、
ロックな人が多くて当然なのだと
クライマックスを観ながら思いました。
先の市長選とか、いろんな折に、
まっすぐな人が多いなぁと
思ってきたけど、関係してるよねと…
心を偽って、
世に言う名声や富を得ようとする
友人に対して、
そんな不真面目な生き方はやめろと
訴えるとこがクライマックス。
真面目って、
世間一般で言われてること、
自分が立場上言うこと聞かないと
いけない人や組織の言うことに、
本心では納得できなくても
従うことなんかじゃないなぁー
当たり前のことだけど。
(もちろんいろんな都合があるから、
誰もが折り合いをつけたり努力しないとなし得ないこともたくさんあるのは
わかるけど。)
でも、
自分の本当の気持ちに従うという
誠実さ=真面目さを忘れて、
富や権力や名声に縋る、
そちら側=実体がほんとはどこにもない
世間みたいなものの側に立つ
生き方の方を正解として、
本当の真面目さを
投げ捨てる人のことを、
結構世間は愚か者扱いしたり、
時には罰しようとすることさえあって…
というか、人類の歴史って、
人間が人間を支配してきた歴史で、
その中で、権力の側に盾突くことは
死を意味することもあるし…
映画グラディエーターの、
殺されて家の前に吊るされた妻子を
発見するラッセル・クロウみたいに
愛する存在がある故に
上に逆らえない社会が
何千年だか続いてきたのだし…
演劇や映画、マンガ、アニメ、小説…
描かれる物語が何故感動するかって
その権力や偽善、矛盾に、
主人公たちが、Noを突きつけて、
自分の真実を生きるから。
私たちは、
人が人を支配する世の終わりを
生きてるはず。
少なくとも、
先進国の現代とか民主国家って
反抗したからって殺されないのが
原則のはず…
(ほんとはそうでもなくても💧)
その反抗の象徴がロックなんだ〜と
この舞台を見て初めて気付かされた。
なのになのに、
反抗せずに、
自分の中の真実を、
世の中にいまだ蔓延る
何千年前からかの化石みたいな
意識にまだ引きずられて、
目覚めさせないで、
私たち生きとんやね〜と、
気付かされた
昨夜、文学座と
それを支えて下さってる
皆さまから与えられた
素晴らしい時間でした。
この舞台は、まだまだこれから8月末まで各地で上演されます💓💓💓
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