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社員を大切にする事は、社員の大切なものを大切にする事_ヘルシア緑茶にみるインターナルマーケティング

インターナルマーケティングやエンプロイイーリレーションズ(ER)など、社員に対するコミュニケーションの重要性が増してきています。しかし、一般消費者と異なり、メッセージを伝えるだけなら、社内報や会議でも十分なはずです。それでもあえて、お金を掛けて広告を出す意味とは何でしょうか。そんな、社員に向けたマーケティング事例の中でも最近あった胸熱な事例をご紹介します。
なお、このnoteでは社員という表現にしていますが、意図としては雇用形態を問わず働いてくれている方全てを内包します。

ヘルシア緑茶のブランド譲渡

花王株式会社(以下、花王)は2024年2月1日、カテキン飲料「ヘルシア」に関する事業を、キリンビバレッジ株式会社(以下、キリン)へ譲渡すると発表しました。いわゆる「ブランド譲渡」です。理由は「事業ポートフォリオを見直し、基盤事業の競争力強化へ」とされています。飲料が主事業ではない花王から、飲料が主事業であるキリンへ。経営的な観点から見れば至極真っ当な経営判断であると言えます。

花王さんはオウンドメディアとしてnoteも持たれているので、そこでも「キリンさん、ヘルシアをよろしくお願いします」というメッセージと共にで背景が綴られています。
https://note.kao.co.jp/n/n011e6509aecc(なぜか埋め込みできない…)

ここまでは一般的なブランド譲渡の話で、取り立てて珍しい話でもありません。私が感動したのは、このブランド譲渡に関連したマーケティング施策でした。

ヘルシアのマーケティング施策

花王株式会社の飲料ブランド「ヘルシア」は、2024年8月1日(木)にキリンビバレッジ株式会社に事業譲渡を予定しています。これまで愛飲くださったお客さまへの感謝とともに、これからも引き続き「ヘルシア」を飲んでいただくことを願い、花王の想いをのせたメッセージトレインを運行します。7月10日(水)〜24日(水)の期間、花王が本社を置く「茅場町駅」とキリンビバレッジが本社を置く「中野駅」を結ぶ、東京メトロ東西線車内にメッセージ広告を掲出します。

ブランド譲渡実行の8月1日を前にして、告知するための電車広告です。ヘルシア緑茶をバトンに見立て、花王からキリンへ渡すというクリエイティブと共に、「大切なヘルシアのことを何卒よろしくお願いします。」「キリンさんの想いがこめられたヘルシア、楽しみにしています!」と書かれた手書き風のメッセージが大きく表示されています。

デザインパターンは広告は数種類あるようで、よく見ると筆跡が異なります。本当に社員から募集したコメントの本人筆跡を使ったのか、あるいはそう見えるようにデザイン上の工夫を施したのかはわかりませんが、花王の社員一人一人の想いや、願いが伝わる素敵なデザインだと思います。

誰のための広告なのか

実はこの広告、期間は2024年7月10日(水)〜24日(水)の2週間限定、しかも「東京メトロ東西線限定」なのです。ヘルシア緑茶は全国的なブランドだし、ブランド譲渡を広く知らしめるのが目的であれば、新聞やテレビなどのマス媒体、そしてインターネット広告の方が効果がありそうです。

しかしこの広告、東京メトロ東西線限定だからこそ意味のあるのです。なぜなら、バトンを渡す側の花王本社は茅場町駅、受け取る側のキリン本社は中野駅に位置し、東京メトロ東西線で繋がっているから。花王からキリンへ、茅場町から中野へ、ヘルシア緑茶というバトンを、東京メトロ東西線に託して渡す、そんな粋な意味が込められているのです。

そしてこの広告の1番の目的、1番届けたい相手は誰か。他ならぬ、花王とキリン両者の社員なのではないでしょうか。ブランド譲渡についてはリリースも配信したし、社内会議でも告げられ、それだけでブランド譲渡については社員に周知できたでしょう。それでも、あえてお金をかけて、広告という手段を使って伝えたかったこと。それは、「あなた達社員が大切に産み、育てたブランドを、会社も大切に想っていますよ」というメッセージなのではないでしょうか。

製造業やブランドを重視する会社で働いていると、自分の携わる製品は社員にとって子どものようなものです。ヘルシア緑茶は2003年の誕生から、いやそれ以前の開発段階から、数多くの社員が関わり、時間を掛け、心血を注いで、大切に育ててきたブランドのはずです。ブランド譲渡は経営判断として理性的には理解できたとしても、リリースや社内会議での共有では、心理的に整理をつけるのは難しいでしょう。あえて広告、あえてお金をかける、あえて社員だけでなく一般の人の目につく場所でバトンを渡す事で、社員の方々の気持ちに整理をつけてもらい、気持ちよく渡してもらう、決意を持って受け取ってもらう。そんな意図があったのではないかと推察します。だから手書きメッセージなのです。

もうここまで来ると、まるで今まで大切に育てた愛娘を嫁に出す両親(花王)と、決意を新たに結婚を誓う新郎(キリン)のように見えてきます。もう一度、前に戻って広告のメッセージをご覧ください。21年間大切に産み育てた愛娘。幼い頃のエピソードや、家族だから知っているお茶目なエピソード、新郎へのエール、そして改めて、どれほど娘を愛しているか。そんな両親の手紙が、東京メトロ東西線というバージンロードを渡って、茅場町から中野に届けられているのです。胸熱。

私自身の話をすると、大学時代インターンシップで花王に1週間泊まり込みでお世話になり、ローソン時代は当時コンビニ限定販売だったヘルシア緑茶を気合を込めて売り込み、本社に移動後はプロジェクトでご一緒したキリン本社に何度も足を運びました。そんな背景もあり、今回の一連のブランド譲渡とマーケティング施策は、結婚式に参列した「親戚のおばちゃん」状態で、涙なくしては見られない、語れないわけです。色々な想いが込み上げ、なんならこのnoteも泣きながら書いてます。

背景がわからないと「ふーん」と言う広告でも、背景を知ると涙なくしては語れない。それってターゲットが明確でクリエイティブがしっかり刺さる、良い広告の条件だと思います。ヘルシア緑茶の広告は、東京メトロ東西線に限定し、手書きメッセージにすることで、1番伝えたかった社員に、大切なメッセージを届けられたのではないでしょうか。

インターナルマーケティングとは

繰り返しになりますが、インターナルマーケティングやエンプロイイーリレーション(ER)など、社員に向けたコミュニケーションの重要性は増してきています。しかし一般消費者と異なり、メッセージを伝えるだけなら、社内報や会議でも十分なはずです。それでもあえて、お金を掛けて広告を出す意味を、これほど明確に提示してくれた事例は稀です。ブランド譲渡を理性的な経営判断ではなく、血の通った、社員が心から応援できる「バトン」や「嫁入り」に昇華させる。そんな力が、広告にはあると気付かされます。「あなたが大切にしているものは会社も大切に想っていますよ」というメッセージは、どんな福利厚生よりも、この会社が好き、働き続けたいと思う気持ちを高めてくれるのではないでしょうか。

なお、意図してか否かは分かりませんが、親戚のおばさんも久々にヘルシア緑茶を買いました。心を打つインターナルマーケティングは、アウターにも効果的なようです。

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