ひとは戸惑ってもいいと思う。
どうも、こんばんは。
上の写真綺麗でしょ?
満月の写真です。というわけではなくて、無地の紙のコースターに色つけて
黒い画用紙の上で撮っただけの写真です。
一瞬本物だと思ってくれる方がいて、なかなか自慢におもっています。
やったぜ。
それで、何に戸惑っているのかが大切、という事なのですが。
今日は、ダラダラと口語体で書きますので、読みにくかったらごめんなさい。
お付き合いいただける方だけ、お願いします。
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人って、戸惑いますよね。
私も、「え、わかんなかった。」と言われる事もありますが、
心の中ですんごい汗かいてあせってる時あります。
「おちついてー、大丈夫だから落ち着けー。」とかってひたすら念じてる時(笑)。
それで、私なんか、朗読とか人前でする事もあるんですが、
家で稽古してる時は平気なのに、目の前にお客さんいらっしゃったら
もう自分のペースが保てなくて、その時必要な感受性の扉がガタついて開かなくなって、心が滑らかに動かなくて
わー・・・どうしよう、と思う事もあるんです。
朗読するって時に感受性の扉開かなかったら致命的なんですが、
目の前に、自分と違う心を持った方がいる。そして私自身の心を披露しなきゃいけないというその状況自体に、こころが波立つわけです。相手はどう思うのかな・・・って。無意識にいろんな考えがよぎったしまったりして。
とくに「二度とない機会」とか「失敗したくない場面」では余計に、ガクガクブルブルしてしまう自分がいます。
朗読に限らず、どんな時でもそうですが
私が「おおお、どう思われるかこわいよー」って相手の反応を受け取るための感受性を閉じてると相手の扉も「あ、じゃあいいです。ぎぃー・・・」と閉じてしまって、お互いに悲しい事になります。早く終わらないかな、帰りたいなって(笑)。すごい訓練してる人とかは、ならない人もいるかもしれませんが…。
それで、あまりにも私のメンタルがやわらかすぎるということで
自分の感受性の扉をいつでも開くためにどうしたらいいかでたどり着いた答えが、
「戸惑っているならば、その戸惑いをそのまま表現すればいいんだ!」
でした(笑)。
思っていることと違うことを表現しようとすると、扉はどんどん開きにくくなってしまう。
隠そうとするとどんどん相手と心の距離が離れていって、仮面かぶった人みたいになってしまうんだけど、
自分の心の中でも「緊張してますなぁ。」とか「お、あせってますなぁ。」とその事実を肯定して
「今、ちょっと緊張してます。」
って言っちゃうと、ふっと扉のきしみが緩むことがあるんですよ。
「心に今あることを相手と共有してはいけないんだ。」
「これはよくないものだから見せてはいけないんだ。」
って自分が頑張れば頑張るほど、扉はどんどん軋んで行く。
でも、それ伝えちゃったり、伝えられちゃったりすると、
おたがいに「だよねー」ってなんか気が緩んでちょっといい感じにリラックスできることがあって、私はそういう瞬間が好きです(笑)。
「はー、肩凝った(笑)。緊張した(笑)。ねー(笑)。」ってほっとする瞬間。
だから、戸惑ってもいいと思うのです。
・稽古の時はリラックスしてベストにできた。
・でも、観客がいたら70点くらいにしかできなかった。
という状況は、「本当はできるのにできなかった」状況ではなくて、
・家では100点でできる状態だけど、観客がいると心が波立つ私がいて緊張しちゃう自分がいてそれが今できるベストで、状況により、できない自分になるのが今現在の私のレベル
と思うようになってから、「あの時の自分」に比べて「今の自分はダメだった」と思うことは無くなりました。
状況が違うからしょうがないんです。
状況が違ったら対応出来なかったというのが今の自分の最高得点。
だから決して後退はしてないし、
後退してないならば、これから起きるすべてのことが成長でしかない。
そのレベルが今の最高点と思えば、等身大の自分をすんなり受け容れられるから、自分を責めることもない。
結果、失敗がこわく無くなって、すすんで足を前に出すことができるようになっていく。
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アナと雪の女王が大ヒットした理由の一つに、おなじものがあるんじゃないかと思っています。
エルサが自分の能力が「悪いもの」で「隠さないといけない」と思っていたところから、
能力が一旦暴走はするけれども、その後に「ありのままの自分でいい」と思って受け入れて隠さなくなったことで、
「その能力をプラスに使えるようになったし、人々も喜んで受け入れた」っていう図式がとても理にかなっていたし、気持ちよかった。
人って多分みんな面白くて、
みんな色々もってる。
だけどそれが出てきにくい背景には、自分のそのままの持ち物を
「これはいけないものなんだ」って思い込んでしまって隠してしまう
ということがあると思います。
そして、それは自分自身が自分で「いいよ」って認めて、この世に出さないと、永遠に他者の目には「いいもの」に見えないということもある。
まず自分が「オーケー。ありあり。」と思って出せるかどうかで、
一見おなじものを出してるのに、相手の心への届き方が違う。
だから、最初は他者の目に「いいね」って映らなくても、継続して「いや、いいんだよ。」って出し続けてると、ある時「あ、ほんとだ。いいね。」と言われる時が来る。
と、いうことを、なんかぼんやり日々考えていたのです。
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余談ですが、私の場合「観客がいるからいつも以上のパワーがでる」パターンもあります(笑)。
そのパターンになる時は、「観客がこちらを疑っていない」ときです。
「信じてくれている」状況。
あと「もうどうせいつか死ぬ身だからどう思われてもいい。全て受け入れる。」と腹をくくった時です(笑)。
だいたい、失うものは何もないよねと思った時と、
自分のことを忘れて相手しか見えてない時、には
リミットが無くなっていくとこまでいけます。
そういう時って、最強です。
やはり、他者の存在は、すごいです。
ということで、がんばります。
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