あかりともるとき
秋、夕暮れ。虫の音。
芝生を駆け回る天使のような子どもたち。
木々は灯りに照らされて、金色に輝いている。
ぽつりぽつりと点在しているベンチには、皺の手を繋ぐ老夫婦や、TikTokを撮影しているのだろう若い二人組、そして大きなバックパックを抱えた観光客らしき人。その誰もが、大きな一枚の絵画の中の登場人物に見える。
わたしたちも絵になってるのかな、なんて笑いながらあの子の方に目を向けると、あまりにも眩しい横顔をしているものだから、わたしは見惚れてしまう——。
ここ東京都庭園美術館は、わたしの大好きな場所の一つだ。
目黒駅のすぐ近く。大都会の真ん中に、門をくぐると現れる巨大な庭園。
そしてアール・デコ様式の美しい装飾に彩られた、旧朝香宮邸。
四季折々の姿を見せるこの美術館にすっかり魅了されたわたしは、東京の中で唯一のオアシスとここを定め、何度も足繁く通っている。
そんな庭園美術館の、建物公開展2024のテーマは、「あかり、ともるとき」。
華やかで個性的な灯りたちにスポットを当てた展示会だ。
まさに、わたしのための特別展。
何を隠そう、わたしは照明が大好きなのである。
会期二度目となるこの日は、閉館時間ギリギリの17時に到着した。
閉館まであと一時間しかない。
真っ暗になる前に庭園を見よう、とあの子にナイスな提案をしてもらい、急ぎ足で庭園へと向かう。
庭園美術館には、芝生の広場、日本庭園、そして西洋庭園と三つの庭園がある。わたしたちが目指すのは、一番奥にある西洋庭園だ。
芝生の広場を突っ切って、日本庭園の池を眺め、いよいよ西洋庭園へ。
するとそこには、木々がライトアップされた、夢のような世界が広がっていた!!
平日木曜の夕刻、人影の少ない庭園は、まるで二人が主演の映画のワンシーンのために用意されたかのようだった。この日、灯りの向こうの夜空には、スーパームーンが光っていたらしい。スーパームーンにも気づかないほど、美しい景色の中で、二人は無邪気に絵になっていたのだった。
幸せ、と何度も口にした。いつか走馬灯を見ることがあれば、この映像が流れるだろう。
思い出したのは、最近読んだ本の一節。
わたしは美しいものを見ることが好きだ。
本、映画、アート、風景、音楽、素敵だと思えるものに出会い、心動かされる瞬間が好きだ。その瞬間の蓄積こそが、人生の醍醐味だと思う。
ライトアップされた庭園の記憶は、きっとこの先、どんな時もわたしの人生を力強く支えてくれるに違いない。
気づけば時刻は17時半。閉館まで30分しかない。名残惜しさを感じながらも、ゆっくりと美術館内へと歩き出す。
途中、大木に両手を当てて「パワーを貰ってる」とあの子が言うから、意味がわからなくて最高だった。
入り口で、平日限定の紙チケットを受け取る。お守りのように、大事にしまう。
気持ちは駆け足で、しかし、じっくりと愛おしい灯りたちを眺めた。もうほとんど来館者もいなくて、これまでにないほど細部までよく見学することができた。意匠を凝らしたアール・デコ様式の建築は、何度訪れても新しい発見がある。
わたしのカメラロールは、庭園美術館の灯りで溢れている。
幸せを少しだけおすそ分けしたい。
瞬く間に、閉館を告げるアナウンスが聞こえてきた。建物を出て、門までの一本道ですら、奇跡としか言いようのない美しさ。
きっとこれは幻なんだね。わたしたちは現実との狭間を彷徨いながら、最高の映画のエンドロールを噛み締めた。
帰り道。ふと、すれ違う誰もがそれぞれの過去や現在を抱えているってすごいことだよね、という会話をした。みんなに帰りたい場所があり、ベランダには靡く洗濯物があり、忘れたくない昨日や待ちわびる明日がある。
灯りたちは、今いる場所を明るく優しく照らしてくれている。だから、どんな暗闇の中だろうと、わたしは明日も歩いていけるだろう。
幸せな記憶を、消えてほしくない大切な思い出を、文字と写真で残しておくために、久しぶりにnoteを書きました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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