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子育てとワクチン接種

なかなかこういう話題って書きにくいなーと思うことの一つを、今日は書いてみたいと思う。

タイトルの通り、今日はワクチン接種について。エイブラハムの引き寄せの法則の視点から、乳児期の息子のワクチン接種の際の、私の選択のプロセスや考え方について書いてみたい。

ワクチンに限らず、様々な選択の局面で使える考え方だと思うし、こういう軸を自分の中に持っていると、子育ても自分の人生を生きる上でもすごくラクなのでおすすめです。

約7年前、息子がお腹にいると分かってから、私は息子の健康を願い、様々なことを勉強し始めた。

「勉強」という部分をもう少し細かくいうと、

私には、息子にはなるべく自然なものに囲まれながら、健康に大きくなって欲しいなぁ〜という願いがあった。その願いを持ち続け、心穏やかに過ごすことを心掛けて生活し続けたことで、「子どもの健康」に必要な情報を自然と受け取ることができて、私はそれらの情報で自分の知識を深めていった、とまぁそんな感じ。

こういう流れが、本来の勉強、学び、成長、なんじゃないかな〜と私は思っている。

つまり、学びたいときに、学びたいことを学ぶのが、とても自然で最も効率のいい勉強。他人に強制されて、もしくは自分の能力不足を埋めようとして、やりたくもないことをやりたくもないタイミングでするのが勉強ではなくてね。知りたい!という情熱の中で進んでいく学びは、自分の拡大を感じられる、すっごく楽しいものだよね。

で、例えば、赤ちゃんは生まれてすぐK2シロップというものを服用する。こちらが何も言わなければ、赤ちゃんは自動的にそれを飲むことになると知り、私はそれについて勉強した。それは何なのか?私はどうしたいのか?私にとって学びは、いつでも自分の意見を持つための豊かな材料となる。

同じように、ワクチンについてもたくさんの本や文献を読んだ。

ワクチンとは何か?どんな種類があり、成分は何でできているのか?制度上のこと、歴史的な流れ、ワクチンを打たないと決めたお母さんの考えを知りたくてブログやSNSも探して読んだ。
ワクチン推奨派の専門家の意見も、反対に否定派の方の意見も、それから中立の立場をとる先生方の意見にも触れてみたし、自然派病院の先生の、小さな講演会にも足を運んだ。ただ知りたくて、自分の考えを持ちたくて、夢中だった。

現在、乳児に対するワクチン接種は、努力義務と言って「なるべく打つように努力してくださいね」と国から定められている。だから、必ず打たなければいけないと決められているわけではなく、保護者が努力した結果、打たないことを選択することもできるのだ。

選択の自由がある、私はこの状態が大好き。自分で選べるって、自由を感じられるし、すごく楽しい。

いろんな文献や、先生からの意見を総合して、私が出した結論は「分からない」であった。

ワクチン接種について、現状分からないことだらけなんだな〜ということがとりあえずはよく分かった、というのが私の結論だった。

どんな専門家でも100%確かなことなど言えないのは、何もワクチンの世界だけではないけれど、私はとても面白いなぁと思った。こんなに分からないもんなんだ〜と。それに、年々、乳児に対するワクチンの種類が増えているのも興味深かった。私が生まれた時代から比べて、その増え方は、1種類や2種類なんてレベルではない。なぜだろう?日本はこんなにも医療が発達し、こんなに清潔になっているのに、なぜワクチンが増えるのだろう?素直に疑問だった。

とにかく、いろんなことが不透明という現状が私なりに分かったことで、私にとっては逆に選択がカンタンになった。私は、自分の気分が良い選択をすればいいだけだと分かったから。むしろ、そういう基準でしか選びようがないということが、ハッキリしたことが嬉しかった。

ワクチンは、打っても打たなくても、リスクにフォーカスするならリスク(のことを考えているときの波動的な現実)を引き寄せるし、メリットにフォーカスすればメリット(について考えているときの波動的な現実)を引き寄せる、ただそれだけだと思った。(リスクについて考えたらリスクをそのまま引き寄せるわけではない。あくまで波動的に似通ったものを引き寄せるのが引き寄せの法則)

だから、私は夫と相談して、息子にはひとまず暫定的な判断として、ワクチンは全部打つのをやめてみよう、と決めた。なぜなら、その方が私の気分が安心するからだ。

もし、ワクチンは打ちたくない…でも感染も怖いけど…でも…えい!打つのをやめるぞ!と、ザワザワした気持ちの中で打たない選択をした場合、何かにつけて不安になる可能性が高い。そうなるならば、打って安心した方が、1億倍幸運と健康は引き寄せられると思う、間違いなく。

それくらい、子どもの健康を願う私にとって、ワクチンの効果や副作用よりも、もっと重要で、最も影響を与えるのは、「私自身の波動」なのだ。

だから、もはや何を選択するかはどっちだってよくて、私が安心の波動で過ごせる選択をすることを何より重要視する必要があるんだよね〜結局は。

私はたくさんの情報に触れた結果、そんな判断をしたのだけど、

それから7年経って、先日エイブラハムがそれと同じことを言っている文章を見つけたのでシェアしたい。

この世に、あなたの波動以上に影響力を持つものはありません。
農薬も電磁波も、あなたの波動に比べたら、ほとんど心配する必要のないレベルで影響しません。

そう、私たちは、それくらい波動の存在なのだ。

でも、多くの人が、農薬や添加物や電磁波などに対しては、それを気にして、好みに沿ったものであるかを慎重に選択するけれど、

それと同じようには、自分の波動を気にすることはない。

要するに、自分の波動に意識を向けないし、自分の波動を自分で選び取ろうとはしない。現実にただそのまま反応して、自分の波動が激しく波打ち続けることを無防備に許している。

生きていく中で、私たちには様々な選択の局面がやってくる。自分のことならまだしも、子どもや夫、親のこと、身近で大切な人のこととなると、どうしたらいいのか、何を選択すればいいのか分からなくて苦しむだろう。

でも、そんなときは思い出して欲しい。

自分の波動よりも影響力のあるものはない、と。

だから、誰が何と言おうと、誰がどんなアドバイスをしようと、世間の価値観がどうであれ、それはそれとしてチョット横に置いておいて、

「私はどういう考え方(捉え方)をしたら、この件について安心できるだろうか?」と自分の思考の方をコントロールして、波動を転換させていくことが大事なのだ。

そのとき、あくまでも意識を向けるのは自分の波動。子どもの問題であるからといって、子どもの波動を子ども自身にコントロールさせようと働きかける必要はない。(他人はコントロールできないから)

思考をコントロールするとはどういうことか?ウチの息子の場合を例にして見てみよう。

今、7歳の息子は週の半分だけ学校に行っている状況なのだけど、(「だけ、」なのか、「も」なのか…笑)、

不登校、学校に馴染めない、みんなと同じようにできない、必要な経験を逃している、勉強に遅れてしまう、挑戦のチャンスが得られない…という、分からないけど例えばそんな感じで、自分の気分が悪くなる思考をするのではなくて、

自分の感覚にちゃんと従うことができて偉大だな、それぞれ感じ方が違うのは自然なことだよね、自分のペースで進めるって最高に幸せだよね、私がこうして柔軟にサポートをしてあげられて良かったな、とにかく元気でありがたいな、

とまぁそんな感じで、いい気分になるかどうか自分の感情を見ながら、『ほっと緩む感覚になる思考』を探す、これが思考をコントロールするということ。

ほっと緩む思考が見つけられたら、あとはもう、その緩む思考をどんどん活性化させて行って、いいぞいいぞ、いい調子だぞ、と思っておけば良い。

エイブラハムの引き寄せの法則を知ると、子育てはもっとカンタンなことが分かる。難しくしているのは、自分の凝り固まった思考や、人の目を気にする自分、世間の価値観が正しいと思い込んでいる自分、そんな自分の頭の中であることがすごく多い。それを緩めてあげるだけなのだ。

なかなかそれが難しいのも分かるけどね。
私にとってはエイブラハムが、私の意識をふわりと拡大させて緩めてくれる存在。

それでもホッとすることが難しければ、もう全く別のことを考えるのも一つ。問題にフォーカスするのをやめて、好きなことに没頭。

それでも難しいときは、我が子をただ抱きしめるのはどうかな〜?

「生まれてきてくれてありがとう」これは本当に魔法の言葉。一瞬で私たちはソースの視点と一致して、愛と感謝の波動の中に包まれることができるから、私は大好き。

子どもが早く大きくならないかな〜
早く自分の時間が欲しいな〜

私自身、そう考える時期もあったけど、両手を広げて抱っこを求めてくれる幼少期の子どもがいるというのは、とてもラッキーなことだよな〜と最近よく思う。

だって、ただそれに応じて、我が子に抱きしめてもらうだけで、私はどんなに怒っていても数分もすればボルテックスに入ることができるから。

こちらが怒っていればいるほど、泣きながら我が子が抱っこを求めるのは、

自分が抱きしめればお母さんの波動は転換する、もっと自然に幸せな方に流れて行ける、それを本能的に分かっているからじゃないかなぁ〜と思うことがある。お母さんの波動を転換させて、お母さんを幸せに導こうとしてくれるのだと考えたら、なんと尊いのだろう。

だから、抱っこを要求されたら、してくれるうちはしてくれる限り、とにかく変な意地を持ち出して張り合わずに、素直にその無償の愛を受け取って、我が子に抱かれよ〜と私は思っている。

そして、今のこの我が子の柔らかさ、小ささ、香り、泣き声、温かさを、第六感まで使って味わい尽くす。そして、許す限り、一分一秒でも長くその感覚の中にい続ける、その感覚の中で一緒にいる。

そんな風にしていると、お互いがお互いの波動に影響されながら、怒りや悲しみはホッとした感覚に変わり、そこからトントントン!と感情のスケールはあがっていき、ありがたいな、大好きだな、愛おしいなぁ、というところまであっという間にいけちゃうのだ。

だから、もう少し私たちお母さんは、幼い子どもに頼ってもいいんじゃないかと思う。
彼らのピュアでポジティブなエネルギーは、とても偉大だよ。

もしそんな温かなハグができたから、それだけで私は、今日やるべきことは1000%達成したなーと思う。波動を整えること以上に、やらなきゃいけないことなんて何もないからね。

(子どもがすでに大きくて、ハグなんて恥ずかしくてできないよ…そんな方は、心の中で抱きしめよう。エイブラハムは、それでいい、と言っていたよ。)

私たちはそれくらい、波動の存在。
悩んだときは、それを思い出そう。

ホッとする思考を選択して、自分や周りを幸せに導いていこう。

私たちは、どんな選択をしても大丈夫!

いつだって、ホッとできる方に幸せがあるのだ。

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