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2020年もインバウンドもいらない

「2020年以降インバウンドはどうなりますか?」

私に限らず、観光や宿泊業のお仕事をしている方はよく聞かれる質問ではないでしょうか。

2020年とはおそらく東京オリンピックのこと。
オリンピック以降、今たくさん日本に来ている訪日外国人は減ってしまうのではないか。そうなると、今は順調に成長している観光産業はどうなる??

といった趣旨だと思うのですが、これってなかなか不思議な質問です。

だいたい、今日本に来ている外国人観光客って東京オリンピックと関係あるのでしょうか。
競技関係者や工事関係者は別として、もちろん開催期間中は別として、普通に考えて「今度日本でオリンピックあるから遊びに行こう!」とはなりませんよね。

オリンピックが認知度向上に影響がないとは思いませんが、基本的には今日本に来ている多くの外国人観光客と2020年は関係ありません。つまり、2020年以降インバウンドが大幅に減る、ということもありません。それどころか政府は2030年には6000万人まで増加すると予測しています。

そもそも「海外旅行をする人」は世界規模で増えています。
日本人による海外旅行者が年々増え続けているのと同様、世界じゅうで海外旅行ができるような余裕のある人が増え、さらに航空網が発達するにつれ、どの国でも海外旅行をする人は増えている、要するにどの国でも「インバウンド」は増えているのです。

たしかに日本はそのなかでは伸び率は高いのですが、今が高いというよりも、どちらかといえば、元が少なすぎたと言えます。今になってやっと世界水準に追いついたと考えるべきです。政府がPRをがんばったからでもオリンピックがくるからでもなく、「自然増」と考えています。

ちなみに私の前職であるリゾート運営会社の代表いわく、インバウンドが多い国の3大要素は
・知名度
・治安がいい
・交通網が発達している
だそうで、その基準から言えば、日本は高い水準でクリアしているにも関わらず、2012年時点で世界全体の33位というのが不思議なほどに低かったと言えます。2017年の世界12位という順位は妥当な気はします。

ただし、もっと根本的なことを言えば、そもそもインバウンドって観光業にとってそんなに重要なのでしょうか?

近年、10年間の間に2倍3倍の勢いで増えていく分野はそうそうあるものではないので、期待が寄せられるのはわかります。実際に街を歩けば外国人観光客の姿をたくさん見かけるようになったので、インパクトがあるのもわかります。

ただ、観光業を考える時、インバウンドを意識しすぎるのは問題です。まして観光戦略において、インバウンドを中心に据えるのは、私はおすすめしません。

インバウンドは増えているとはいえ、観光業全体から見れば市場全体の2割程度。2030年に6000万人まで増えたとしても、全体の35%程度と予想されています。つまり、残り大部分は日本人による国内旅行が支えているのです。

(観光庁『宿泊旅行統計調査(平成29年・年間値(速報値))』

過去を振り返っても、日本人による国内旅行市場は非常に安定しています。近年は減少傾向にあるものの、バブルが崩壊しようと、オリンピックがあろうと大きく変動しないのが特徴です。この市場の大部分を考えずして、世界各国から訪れる様々な価値観をもったインバウンドに目を向けるのは、マーケティングとしては間違いです。


そしてこれと同じくらい、観光戦略でインバウンドを意識しすぎてはいけない理由があります。それは、彼らを意識しすぎることは、戦略が画一的になるリスクがあるからです。

私たち自身が海外旅行をする時のことを思い出してもらいたいのですが、同じ国によほど何度も行っているのでない限り、海外旅行では、まずは定番の観光地を見て定番の名物料理を食べたいものです。アメリカなら自由の女神を見たいし、フランスならおしゃれなオープンカフェに寄りたいものです。逆に言えば、外国人が日本に来たらまずは日本らしい定番を体験したいのが一般的です。

しゃぶしゃぶも食べたいし、富士山を見たいし、ラーメンも食べたい。日本庭園も見たいし、TOKYOも体験したいし、寿司も食べたい。そんな彼らの要望に応えようと頑張るとどうなるか?気がつけばどこの地域も同じようなものを提供していた、ということになり兼ねません。

例えばインバウンドは概して海の食べ物が好きです。海に囲まれた日本は、他国から見れば豊富な魚介類が魅力的です。ですが、海から遠く離れた山梨県や長野県で刺身を売りにしていたら、日本人はどう思いますか?一般的な居酒屋ならともかく、観光客向けのレストランなら興ざめですよね。実際うちの近所(山梨)には、「海鮮ほうとう」なるものを名物にしている店もあって住民一同苦笑いだったわけですが、インバウンドの要望に素直に応えるのはそういうことです。彼らは「山梨」に来ている前に「日本」に来ているのですから。

私自身、スペインを旅行した際に本場のパエリアを楽しみにしていました。そこがバルセロナだとかマドリードだとか関係なく、私はまずはザ・スペインを体験したいと考えていたのです。でもどうやら地域によってパエリアは全く食べないらしく、バルセロナではお目にかかれませんでした。おかげでスペインには地域によって強烈な文化の違いがあることを実感できました。

もし東京も北海道も沖縄も、どこも同じようなものが溢れていたら、彼らが日本をリピートすることはあるでしょうか。まして、そんなものは見飽きている日本人があちこち旅したくなるでしょうか。

日本人観光客は、その点では多様性を求めます。
東京にはないものを地方に求め
関東にはないものを関西に求め
山にはないものを海に求めます。
その小さなエリアにしかない未知なものを提供することではじめて日本人はやってくるし、ひいてはインバウンドにとっても、日本が何度いっても魅力が尽きない国になるのです。

つまり、観光戦略を考える上では、市場規模から考えても日本人の国内旅行を意識すべきであることと同時に、差別化できる要素を考えるためにも日本人の国内旅行を意識すべきということです。

インバウンドという新たな市場は、観光業にとって重要でないわけではありません。彼らだからこそ発見できる日本の魅力もあります。うちの近所にある新倉浅間神社、通称「忠霊塔」は富士山と五重塔、春には桜が同時に楽しめる絶景で、今やgoogleでjapanと検索すると真っ先に登場するビジュアルですが、もともとはもとんど知られていない場所で、外国人観光客によって発見され爆発的な人気になったと言われています。

繁閑の波が大きくなりがちな日本人観光客に対して、インバウンドは比較的波が少なく閑散期をカバーするという点でも大変ありがたい存在です。多言語対応や宗教に配慮した食事の提供なども必要がないとは言いません。せっかく来てくれた人たちに不快な思いはさせたくなければ当然やるべき対策です。ですがそれはあくまでも戦術であって戦略ではないことを理解する必要があります。

2020年東京オリンピックもインバウンドもインパクトのある話題ですが、そこに惑わされず、本当に必要な戦略を練ってほしいと切に願います。


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